No escape!!
第2部の最後の部分を少し加筆しました。
「お、来たか赤羽」
進路指導室につくと、すでにヤマ先が到着していた。新人教師ということもあり色々と雑用もあるのか、書類の山と格闘している最中だった。
「ま、とりあえず座ってくれ」
ヤマ先に促され、教室にあるものよりいくぶん上等な椅子に腰かける。さて、朝のことについてどれだけ怒られるだろうかと身構えていると、
「なあ赤羽。いま学校楽しいか?」
唐突にそんなことを聞かれた。
「えっと、質問の意図が見えないんですが……」
「んー……まあ、回りくどい言い方はなしにするか」
そう言うと、ヤマ先の表情が普段はあまり見せない真剣なものに変わるのがわかった。
「率直に言ってな、あまりにお前が日々つまならさそうに生活してるもんだから、担任としては少し心配になってな」
「あー……」
確かに。登校して、死んだ魚のような目で授業を受けて、休み時間は修治くらいとしか会話せず、部活にも所属してないんで放課後は早々に帰宅。
もし自分が教師で、クラスにそんな生徒がいたら心配にもなるかもしれない。
「何か、すいません」
「別に謝らなくていい。が、その『何か』は付けない方がいいぞ。人生の先輩からのアドバイスだ」
ヤマ先の顔は、どこか哀愁に満ちていた。実体験に基づいたものなのだろうか、あまりこの話を掘り下げるのは良くない気がする。それより、どう答えたものか。
「いや、難しく考えなくても良いんだ」
僕が答えずにいると、ヤマ先は何か察してくれたのかそう続けた。
「ただ、俺もこれで担任だからな。教師としてはペーペーだし頼りないかもしれないが、もし悩みなんかがあれば相談してほしいと思った。それで聞いてみただけだ」
熱血教師のヤマ先らしい考えだ。だから、なおさら答えに困ってしまう。
「悩みって訳じゃないんですが、昔ちょっとあって。それから色々なことに集中できないっていうか、やる気が出ないっていうか……」
「んー……好きなことはないのか?」
「昔はバカみたいにゲームに熱中してましたけどね」
「ははっ。男はだれしもとは言わないが、大多数は熱中するもんだ。だけど赤羽はそんな感じはしなかったな。黄瀬がお前をゲーセンに誘ってもつれないって嘆いてたぞ?」
「毎回断るのに苦労してます」
「そう言ってやるなよ。飽きっぽいけど、アイツはなかなか青春ってもんを楽しんでるぞ」
「ですね」
当人のいないところで話に花がさく。いまごろ修治はゲーセンでくしゃみでもしてるかもしれない。
「まあ、悩みがあるってわけじゃないくて少し安心したよ。でもな、赤羽」
「はい?」
「やはり俺としては、お前に何か夢中になれるものが見つかって、楽しい青春を送ってもらいたいと思うよ」
「やっぱヤマ先はヤマ先ですね」
「金八世代だからな!」
「金八?」
「なに、金八をしらないのか!? うわ、ジェネレーションンギャップ感じるわ」
「えぇ……」
そんなどうでもいい話を少しした後、学期初めの進路指導(?)は終了した。何だかんだ今年もヤマ先が担任で良かった。そう改めて確認できた一日になった。
※
「ただいまー」
「おかえり」
家に帰ると、キッチンから返事とともに妹の瑠璃が顔を出す。夕飯の準備をしているらしく、かわいらしいキャラがプリントされたエプロンをつけている。僕が昔ゲーセンでとってきてプレゼントしたものだが、今でも着けてくれているのは何というか律儀だ。
「荷物置いてくるから、ちょっと待ってくれ」
「別にいいよ。今日はそんな体調悪くないし」
「いーから待ってろ」
返事を聞かずに二階へ上がる。階段を上って自室に入り、机の上に荷物を置く。着替えようとも考えたが、瑠璃の性格を思えばそのまま下りた方がいいような気がした。
一階に戻ると、案の定というか瑠璃は料理を継続中。昔は病弱でほとんど何もできなかった反動なのか、最近は何でも自分で率先してやりたがる。兄としては喜ばしい反面、ちょっと心配でもある。
「あとは僕がやっとくから、瑠璃は少し休んでろ」
「でも兄さん、そのままだと制服汚れるよ?」
「いいんだよ。制服汚したくらいじゃ怒られないし」
「でも、女の子にモテないよ?」
「……いや、そんな心配しなくて大丈夫だから」
「今、一瞬考えたでしょ?」
「座ってなさい」
「はいはい」
僕が譲らないと察したのか、瑠璃は大人しくリビングの椅子に座った。でも何故かこちらを見てくる。好きなテレビでも見ていればいいのに。
「兄さん、学校はどうだった?」
「別に、何も変わんないよ。あぁ、修治は今年も同じクラスだった」
「さすがゴールデンコンビ。切っても切れない縁だね」
「父さんと母さんは?」
「そのまま仕事。今日くらいは休んでも良いのに……」
「入学式に顔を出しただけで、うちの両親としてはミラクルだよ。俺の時はどっちも来なかったくせに……」
「ふふ、兄さんは信頼されてるんだよ」
モノは言いようだ。まあ僕が親の立場だったとしても、日々適当に生きてる息子よりも、かわいい娘の入学式を優先すると思うが、それにしてもやはり納得できないものがある。
「黄瀬さんとは遊んでこなかったの?」
「ゲーセンに誘われたけど、断ったよ」
「……そう」
僕の答えを聞いて、瑠璃の表情が少し曇る。そもそも僕がゲーセンに入り浸るようになったきっかけは瑠璃だった。
病気がちで外に出られなかった瑠璃のために何かプレゼントしようと、当時の僕はゲーセンのクレーンゲームでぬいぐるみを取ろうと思った。しかし思ったより苦戦を強いられ、そこで助けてくれたのがケン兄という訳だ。
さらにたまたまゲーセンに迷い込んだ鈴羽を加え、いつの間にか三人でつるむようになった。そこからケン兄の影響もあって、格ゲーの沼にはまっていくことになるのだが……。
「……ゲームセンターに行かなくなったのって、やっぱり私のせいかな?」
「それは違うから安心しろ」
瑠璃は僕がゲーセンに行かなくなった理由を知らない。ケン兄や鈴羽のことも話していない。外に出られない瑠璃に、外での楽しいことを聞かせるのは子供心に酷だと思ったからだ。
ただ瑠璃は自分の体調が回復したから、僕がゲーセンにいかなくなったと思っているようだ。
「単に出費の問題だよ。あと、今日は担任と少し話すことがあったし」
「ふぅん」
いまいち納得していないという瑠璃の顔。でもこれ以上は答えようがなくて、話題を切り替えることにする。
「瑠璃の方はどうなんだよ? 友達出来たか?」
「うん、まあ初日だから軽く話すくらいだけど。あ、でも」
「ん、何かあったのか?」
「ちょっとうまく話せなかった子がいて……」
それはちょっとした驚きだ。瑠璃は自分の妹ながら気が利くし、見た目も……うん、可愛いと思う。病気がちであまり登校出来なかった昔ならともかく、中学の終わり頃にはよく友達を家に連れてきていたし、卒業アルバムの後ろには僕と違ってたくさんの寄せ書きがあった。
そんな瑠璃がうまく話せない相手なんて――
「クラスにヤンキーでもいるのか?」
「そういうんじゃなくて、えっと……その子、車イスに乗っていて……」
「あー……」
なるほど。確かにそういう子がいたら、なかなか話しかけにくいかもしれない。同時に、瑠璃なら絶対そういう子をほっておかないということも分かる。
「で、話しかけてみたのか?」
料理を一時中断し、自分もリビングの椅子に腰かける。
「うん、でもやっぱりちょっと壁をつくられてるっていうか、昔の私を見てるみたいで」
「あー懐かしいな。瑠璃も昔はツンツンしてたっけ」
「うぅ……あんまり思い出さないで」
恥ずかしそうに顔を伏せる瑠璃。本人にとっては思い出したくない過去なんだろうけど、僕は感謝してる。
あの頃の瑠璃がいたから、ケン兄と鈴羽に出会えた。今は疎遠になってしまったけれど、二人との出会いは今でも僕の中ではかけがのないものだ。だからそのきっかけをくれた瑠璃に、兄として出来ることくらいはやってあげたい。
「で、瑠璃としては仲良くしたいと」
「うん、私も子供のころ兄さんにすごくすごく強引に話しかけてもらわなかったら、きっとグレてたと思うし」
「……もしかして、迷惑だったか?」
「うぅん、全然。ただ、昔の私を思い出させた仕返しがちょっとしたかっただけ」
「お互い過去の傷を抉りあうのはやめようか……」
「……そうだね。あっ、兄さんお鍋吹いてる!」
「あっ、やべ!」
慌てて二人でキッチンに戻り鍋の火を止め、顔を見合わせて安堵の息をつく。瑠璃は鍋の中身が無事であることを確認すると、改めて俺に向き直った。
「で、私としてはあの頃の兄さんがすごく大好きだったから、ひょっとしたら無理してるんじゃないかって心配になって」
「なるほど、今は好きじゃないと」
「今の兄さんも好きだけど、あの頃はもっともっとカッコ良かったかな? 私の初恋かもしれないね」
「……兄をからかうんじゃありません」
「ふふっ、半分くらいは本気かもよ?」
そう小悪魔っぽく笑う妹を前に、僕は何とも言えず料理を再開するしかなかった。
※
「ふぅ……」
夕食を済ませ部屋に戻り、いつものようにパソコンをつける。そうして適当にネットサーフィンをして、時間を無為に浪費していく。別に目的がある訳じゃない。ただやることが無いからしているだけ。きっとこういう態度が瑠璃にも心配をかけていたのだろう。
自分でもわかっている、本当はこんな毎日を過ごしたいんじゃないってことくらいは。そんなことを考えながらサイトを流し見していると、一つの広告が目に留まった。
『Unlimited Fight』
修治が言っていた、ケン兄が作ったゲーム。あの敗北からケン兄は何を思ってプレイヤーを引退し、何を思ってこのゲームを作ったのか。
正直に言うと、修治からこのゲームの話を聞いた時に僕の心は確かに震えていた。同時に、自分の中で何かに火が付いたような気がした。
失くしたと思っていた。もう二度と手に入らないと思っていた。だけど残っていた。心の奥底に、ほんの僅かに、少しだけ、小さな種火みたいなものが。
昔のような身を焦がすほどのものではない。それでも、心の中に微かに宿ったその小さな種火は、もしかしたらもう一度僕を燃え上がらせてくれるかもしれない。
『攻めるか攻めないかで迷ったら、俺は攻める。ま、あくまで持論だけどな』
昔そんなことを言ってたよねケン兄は。自信満々な顔でさ。いいかな、もう一度あの頃に戻っても。ケン兄は、鈴羽は、許してくれるだろうか?
もちろん答えなんて返ってくるはずはない。でも、それでも僕はその広告に釘付けになっていた。
そうだ、逃げるな。逃げて後悔したんだろ? だったらもう一度向き合ってみろ。そして、今度は喰らいついて放すな。
気づけば広告をクリックしていた。それが自分に何をもたらすかは分からない。だけど、確実に何かが変わるだろう。
そしてこの先、もし僕が変わることができたなら――
「会いに行くよ」
憧れ続けた師匠に。そして、何も言わずに別れてしまった、親友に。もう一度。
文章ガタガタ設定ガバガバなので、後日加筆する可能性がございます。
ご了承ください。