ヒーローが消えた日
格ゲーものですが、格ゲーなんて触ったこともねぇって人も楽しめるように……!!
まさに万事休すの状況だった。
都心の大きなゲームセンターで開かれた格闘ゲームの大会。家の近くのゲームセンターより何倍も大きいのに、そこは隙間がないくらい大勢のギャラリーで埋め尽くされていた。
その時ばかりは他のゲームに一切目は向けられず、ギャラリーの視線は一点に集中していた。
九年前のあの日、僕は幼馴染の鈴羽と格闘ゲームの師匠である蒼梅 拳志――ケン兄の応援に来ていた。ケン兄は当時、格闘ゲーム全国大会のチャンピオンで、その時が初の防衛戦だったのだ。
「さぁ、第2ラウンドが終了してお互い1:1の状況! しかし、チャンピオンは先ほどのラウンドでゲージを吐き出してしまった! 対して、挑戦者のFumy氏は3ゲージを残したまま!! 絶体絶命の状況だが、さて、どうするチャンピオン!?」
大会用に設営されたステージ上では、実況が適度に煽りを入れつつもギャラリーを盛り上げていた。それに応えるように、会場のボルテージもグングンと上がる。
「ねぇ……ケンちゃん、だいじょうぶかなぁ……」
「……だいじょうぶさ、ケン兄はぜったい負けない」
今にも泣きそうな鈴羽にそう答えはしたものの、僕も心の中では諦めかけていた。ここから逆転するのはきっと無理だ、と。
おそらく僕以外――実況も、ほとんどの観客がそう感じていたと思う。それくらい絶望的な状況だったのだ。
格闘ゲームは基本2ラウンド先取で勝利。1ラウンド目は挑戦者が圧倒的差をつけて勝利。2ラウンド目も挑戦者が有利だったが、ケン兄は必殺技のゲージを消費することによって辛うじて勝利した。
だけど、実況が言ったように必殺技を打つためのゲージは、もう無い。対して挑戦者は最大である3ゲージを残している。
必殺技があれば勝てる訳じゃない。それでも技の選択肢が限られるということは、格闘ゲームにおいて圧倒的不利を意味している。勝ち目は、ほとんど無いようなものだった。なのに――
「……なんで」
ケン兄は笑っていた。今までは様子見で、実は余裕がある……そんな感じではなかった。
自分を倒すかもしれない相手が現れた。その状況に心からワクワクしているような、そんな顔だった。
あくまで僕の想像だ。でも、その考えは今でも間違っていなかったと思う。
「さて、泣いても笑ってもこれが最後! 悔いは残さない! 残すのは笑顔で十分だぜ! じゃあ準備は良いかい!? ファイナルラウンド、レディ……」
その時、世界から全ての音が消えたような錯覚に囚われた。事実としてそんなことはあり得ないけど、あの時はそう感じられたのだ。そして――
『Fight!!』
後にこの戦いは『奇跡の逆転劇』として格闘ゲーム史に名を残すことになる。詳細は語るべくもないが、格闘ゲーマーでなくともゲーム好きなら誰もが知る戦いだ。
「いやー正直、かなりヤバかった。でも、お客さんが盛り上がってくれて良かったよ」
試合後、勝利者インタビューでケン兄は試合を振り返りそう言っていた。当時の僕はきっと謙遜しているんだと思ったが、今になって思い返すと、あれは本当に焦っていたんだと思う。ただ、幼い僕にはそれが謙遜に感じられたのだ。
『きっと、ケン兄は世界で1番強いんだ! 誰にも負けることはないんだ!!』
そう純粋に、当時の僕は信じきっていた。もう確認できないけれど、きっと鈴羽も同じように感じていたと思う。
それから半年後――メーカーのキャラ調整という避けようがない事態により、ケン兄は敗北を喫することになる。
そして、その日がケン兄と鈴羽に会った最後の日となった。
男の子なら一度は憧れる存在、ヒーロー。
女の子だって憧れても良いと思うヒーロー。




