逃走
「くそっ!待ちやがれこのガキ!!」
「かのん!早くっ、こっち!」
「・・・っ、うん!」
今、私達は、山の中を全力疾走中だ。
かのんの手を取り、山道を駆け下りる。片手にはダヤンを抱えたままだ。
ダヤンは暴れもせず腕の中でおとなしくしていてくれる。
どうしよう、この展開は予想してなかった!嫌、でも居るよね!捨てられてるなら勿論捨てた人がさ!
でも、鉢合わせするとは思わなかった!しかも追いかけてくるなんて!
まぁ、思いっきり突き飛ばしたの、私なんだけどね!
「畜生っ!まて!その犬渡せ!」
「いやっ!」
男はどんどんと距離を詰めてくる。捕まるかも知れない。でも、あそこで見た光景が浮かぶ
『アレ』をあの男がやったなら絶対に、死んでもダヤンは渡せない!
ダヤンは私が幸せにするんだ!
「ゆうこちゃん!こっち!」
「きゃっ!」
「キュゥ」
かのんが突然手を引っ張り、体が大きく傾く。そのまま、二人と一匹で転がるようにして藪の中を突っ切った。
「あっ、てめぇっ!クソっ、通れねぇ!イテッ」
子供の私たちは、すり抜けるようにして藪の中を走り抜けていく、対して男はその体躯が災いして思うように走れないみたいだ。
「かのんくん!・・・っどこ、いくのっ・・・!」
「とりあえず・・・っ!ぼくの家の近くまで!」
息が苦しい、足や腕が草で切れてジクジクと痛い。足が回らなくなってきている。
かのんの家の近くか、あの両親は頼りにならないだろうけど、大人が近くに居ればあいつも手出しはしないはずだ。
・・・いや、まてよ、かのんの家の近く?
ザァッと、藪を突き抜け住宅地に出る。昼間だが人通りは無い。辺りを見渡す、男の怒声と足音が迫って来る。
「ゆうこちゃん!もう直ぐだからっ・・・!」
「かのんっ!こっち!はやくっ!!」
かのんを引っ張り、緑の屋根の家を目指す。表札には、「守屋」と書いてある。確かここだ、間違いない、と思う。
「あ、ゆうこちゃん。ここは・・・!」
かのんが怯えた様な声を出して、走るスピードを弱める。
構わず手を引っ張り、ズリズリと緑の家の門戸にに引っ張り込む、良し、後はインターホンを・・・
「見つけたぞぉ・・・、このガキ!」
「あっ!、は、放して・・・!」
男に追いつかれた。そして、門戸の近くに居たかのんが腕を掴まれてしまう。
・・・しまった!
「は、放しなさい!この犯罪者!」
「ウルセェ!このぉ・・・大人を馬鹿にしやがって!」
男はかのんを、門戸の外に引きずりだそうとする。私は、慌てて、かのんが連れて行かれない様に
踏ん張るが、子供の力では敵わず、一緒にズリズリと引っ張られてしまう。
うう、子供の体が恨めしい・・・!
「ゆうこちゃん、ダメ・・・!逃げて・・・!」
かのんが、弱弱しく、だが、しっかりと私の目を見て叫ぶ。
・・・会ったばかりの私を、こんなに心配してくれるなんて・・・やっぱり、かのんは、やさしいな、
だから好きになったんだ。
だから、逃げない!折角、ここまで来たんだから!みんな私が助けるんだから!
「駄目!・・・誰か、誰か居ませんか!」
「キャン!、キャンキャン!」
子供の体で精一杯、声を張り上げて叫ぶ、大人しかったダヤンも、一緒に吠えてくれている。
この時間ならいるはずなんだ、お願い家に居て!
「・・・何だ何だ!、お前ら!うちの家でなにしとる!」
ドタドタと、廊下を走る音がして、玄関が勢いよく開けられる。
玄関から出てきたのは、厳つい顔をした老人だった。・・・良し!守屋のおじさんだ!
守屋のおじさん(フルネームは守屋 大輔)は、華音ルートのキーキャラクターである。
本編では、物語の中盤に登場し、ヒロインの優子に、華音の過去を教えてくれる人物だ。
守屋のおじさんは、正義感が強く前々から役所に、かのん達の虐待を相談しており、数少ないかのん達が、双子だと知っている人物でもある。
元トラック運転手で、優子の幼少期にはもう定年退職しており、地元の消防団で活動しているのだ。(「奏音~運命の君~」マテリアルより)
「おい、アンタ、子供の腕掴んで何してる?・・・放しな!」
こちらを見るなり、険しい顔をしてのしのしと、男に近づいて来る守屋のおじさん。
・・・本編でも、かなりガタイのいいおじいちゃんなのだが、昔はもっと厳つかったようだ。
かのんの腕を掴んでるクソ野郎よりもマッチョだ。
「な、なんだよ・・・、ジジイには関係ないだろ!」
「ほー、人の家で騒いでて、関係ないってか?いいから、かのんくんから手ェ離せ」
「・・・くそっ!」
守屋のおじさんが、かのんの名前を知っていたことで、男は二人が知り合いだと気づいたようだ。
かのんの手を放すと慌てて走り去って行った。
良かった、今日は消防団が休みなので、居ると思ったのだが、すんでの所で男に捕まりそうになり
危ないところだった。
かのん達の住んでいる処だから、此処の地区の情報も集めておいて良かった。
「おい、かのんくん、それとお嬢ちゃん。怪我ないかい?何があった?」
「その、ぼく、ぼくは、別に・・・」
守屋のおじさんは、しゃがみ込んで私達を心配そうに見てきた。しかし、かのんは気まずそうに
俯き、もじもじしている。多分、いつもおじさんを見たら、逃げていたらしいから、どう話していいか
分らないんだろうな。
「おじさん、ありがとう!わたしたち、へんな人に追いかけられてたの!」
「何だって?・・・そりゃいかんな、何処でだい?」
「裏山で!、この子を、がけに捨てようとしてたの!ほかにもワンちゃんがいたの!」
取りあえず状況を説明しなきゃね。私はすかさず、ダヤンを見せながら子供らしいかわいい声でかつ、簡潔に状況を説明した。
・・・そう言えばさっき、かなりドスの効いた声を出してしまったが、かのんの好感度は下がっていないだろうか。
「・・・そうか、わかった。ありがとな。さ、家に入んな」
おじさんは、ボロボロの私達を見て家に入る様促した。ありがたい、走り続けたせいでもう、立ってる
のがやっとなのだ。
「・・・あの、ぼくは、その、かえり「かのんくん!」
かのんは、ふらつきながら家に帰ろうとする。・・・駄目駄目!そんな体で帰っちゃ!、あの親はかのんが
怪我をしていても何もしないだろう。
私は慌てて引き留める。心配なの、大切なの、お願い・・・
「・・・おねがい、いっしょにいて・・・」
「・・・・・・うん」
気持ちが通じたのか、かのんは足を止める。そして、私とかのんは固く手を繋いだまま、守屋のおじさんの
家に入って行った。
・・・あ、家に電話しなきゃ、・・・何て言ったものか・・・