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the day before tomorrowあるいはbook day 起承

作者: 下畑耕司

桃太郎などを個人的に解釈して作った物語です。多分一般的な話と共通していると思いますが違ってる可能性もあります。ご了承ください。

ある夜更け


「母ちゃん」

「どうしたの?」

「眠れない」

「そっか、お昼寝しすぎたのかな」

「何かお話して」

「分かった。一つだけね。話し終わったらねんねするのよ」

「うん。分かった!」


~~~


昔々のこと。桃太郎は山へ鬼狩りに。山姥やまんばは川で選択をしました。

山姥の名は早苗さなえという。山姥は鬼婆おにばばという別名があるが、その別名に反して彼女は未だうら若き乙女だ。そしてその乙女にはある夢があった。


「私はこの、永らく続く人と鬼の醜い争いを終わらせる。殺し合わなくても、奪い合わなくても幸せになれる方法がきっとあるのだから」


しかしそんな彼女の崇高な志は儚く散ることとなる。いや、戦争が終わったという意味では半ば成し遂げられたのかもしれない。

戦争の終結は人がある切り札を切ったことで訪れる。その切り札というのは桃太郎。言わずと知れた英雄だ。


「私は…無力だ」


早苗は目の前に流れる川に映る自らの顔に目をやる。その顔は彼女の知るどんな顔よりも物憂げで、弱弱しかった。


「こんな私にもう、生きる意味なんて…」


彼女のように平和を願う鬼は決して少なくは無かった。しかし鬼の首領は人間との徹底抗戦を選び、そして滅びた。


「あの戦争でたくさんの鬼が死んだ。私はそれを知っていながら、何もできなかった…今の私にできることはもう、懺悔のためにこの命を捧げることしか…」


彼女は一歩、川に向かって踏み出す。続けて二歩三歩と歩みを進め、自らを川に沈めんとする。

その時、


「ああ、嫌になるな。山の中どれだけ探しても鬼がいない」


不意に背後で声がした。若い男の声だった。


「俺は世界の平和を守るために戦ってるというのに、肝心の敵が見つからない。…そろそろ潮時なのかもな」


しかし早苗は気に留めることもなく歩き続ける。そうして川の深みに踏み込もうとしたその時


「いや、そうはさせない」


桃太郎は水に濡れるのも気にせず早苗の元に駆け寄り、彼女のか細い腕を掴む。


「何があったか知らないが、死ぬのはよくないぞ」

「放して。私がどうしようと勝手でしょ」

「俺はみんなが幸せに生きられる世界のために戦ってたんだ。自分で自分の命をなんて、絶対に駄目だ」

「みんなが幸せに?だから殺したの?鬼達をみんな」

「それが戦いだ。情けをかけて半殺しにするのは優しさか?相手を殺さないのは命を掛けた戦いにおける最大の侮辱だ」

「そんなの弱い奴の言い訳よ!」


早苗は自分が何をしようとしていたかも忘れ、桃太郎に向かって叫んでいた。


「そうか、なら俺に殺された鬼達はよっぽど弱かったんだな」


言ってから桃太郎はしまったと思った。いくらなんでも言い過ぎたし、何より敵とはいえ死者への礼を欠いていると気付いたからだ。

しかし早苗は何も言わない。桃太郎の言葉が聞こえていないかのようにも見えたが、しかしかなりの至近距離で発せられた言葉。聞こえないはずがない。


「すまん。今のは少し…」

「そうね。私達は弱かった」


早苗は桃太郎の言葉に被せて自分の言葉を強引に捻じ込む。


「ありがとう。あなたのお蔭で思い留まれたわ」

「ああ、そうか…それは何よりなんだが」

「そうよね。このまま死ぬなんて。このまま鬼が弱いままに死ぬなんて、許せないわ。やるせないじゃない」

「おい、どうしたって言うんだ急に」


桃太郎の問い掛けに応えることなく早苗は桃太郎の胸を両手で突き放す。


「急に?そうかしら。こうなることは分かってたんじゃないの?私は山姥。山の鬼よ。つまりあなたの敵」

「何だ、結局やるのか?…鬼は鬼というわけか」


桃太郎は一瞬落胆したような表情を見せたが、それもほんの一瞬のこと。瞬き一つした後には彼の目は闘志を放っていた。


「安心して。私が戦うわけじゃないわ。あなたも女が相手だとやりづらいでしょ?」

「敵に男も女もない。が、まあお前が来ないというのであればそれでもいい」


桃太郎は口ではそう言っていたが内心胸を撫で下ろしていた。いくら鬼とはいえ女の形をしたものを斬るのは気が引けたからだ。彼女の腕の細さを身をもって知った彼にはなおさらだ。

早苗は到って落ち着いていた。落ち着いて息を吸い、それを言葉に置き換えて口から放つ。


「穢れの王よ。滅びの王よ。地を裂き空を割り姿を現せ。わが求めに応えよ。我が求むは破壊なり。不可逆にして不可避の滅びなり。忌まわしき鎖は今断ち切られん。出でよ!『血みどろのブラッディクラウン!!』」


詠唱の直後、桃太郎の背後にただならぬ気配が生じる。それは降って湧いてきたとか、地面から生えて来たとか言うのではなく、突如としてその空間に存在したかのように現れた。

振り返った桃太郎がその目に捕らえたのは真っ黒な人型。その存在感にはおよそ似つかわしくない、これと言った特徴の全くない黒。


「お前が桃太郎か?」


その存在、ブラッディクラウンは口も開かずに声を上げる。

その異様さに桃太郎は左脚を引いて半身の姿勢を取る。


「ああ、そうだな。お前だな。感じる。感じるぞ。お前の敵意を。殺意を」


言葉を発するブラッディクラウンに、この時変化が訪れた。表面が液体のように波打ち始めたのだ。

しかしそれに臆せず。いや、臆していたからこそか。桃太郎が動く。


「どこの誰だか知らないが、やる気なら行かせてもらう。…来い!聖剣『グラム』!!」


桃太郎が天高く叫ぶと同時に晴れ渡っていたはずの空に雷鳴が轟く。まさに青天の霹靂へきれき。天から降り注いだ一筋の稲妻は桃太郎の手に収まり、剣へと変貌する。

桃太郎は体格に恵まれ、体力にも光るものがあった。しかし彼を英雄たらしめたのはそのどちらでもない。

彼が鬼の本拠地、鬼が島に乗り込んで生きて帰ったどころか、島の鬼を一掃できたのは彼が持って生まれたある才能によるものだった。その才能は「聖剣適正セイクリッドフェンサー」。

聖剣適正セイクリッドフェンサーとは、その名のごとく聖剣を自分の元に召喚することのできる能力である。そして彼を選んだ聖剣の名は、「グラム」。別名、勝利の剣。

この剣は持った者に勝利をもたらすとされているが、もちろんこの剣の特性はそんな便利なものではない。この剣の特性、それは「持ち主の意志の強さに比例して破壊力が増す」というものだ。


「…グラム、ああ、それだ。それだ。見つけたぞ。その剣は。数多あまたの鬼の命を奪った剣。罪深い…薄汚れた剣だ」

「この剣を知ってるということは…お前、鬼が島の残党か?」

「然りと言えば然り。否と言えば否」

「要領を得ないな。まあ、何であろうと斬ることに変わりは無い!」


桃太郎は全身をばねにしてブラッディクラウンに飛び掛かる。ブラッディクラウンが避ける間もなく桃太郎は自らの間合いに標的を捉え、横薙ぎに聖剣を一閃させる。

剣戟の威力はブラッディクラウン一体には膨大過ぎたのか、標的から逃した衝撃は河原の石や砂を吹き飛ばして即席の煙幕を作る。

桃太郎は確かな手ごたえを感じ、半ば勝利を確信しつつも剣を握り直し、煙幕が晴れるのを待つ。未だ姿の見えない敵を煙幕の奥に見据え、再び構えたその時


「ああ、見事な一撃った。踏ん張るのを忘れるほどに見とれてしまった」


それは姿を現すよりも一瞬早く声を放った。まるで何事もなかったかのようにしっかりとした足取りで、砂煙を踏みしだきながら煙幕を破って現れた。


「…うまく避けたみたいだな」


桃太郎は心にもないことを口にする。彼の攻撃が確かにブラッディクラウンを捉えたことは攻撃を放った本人が一番よく分かっている。


「次は逃がさん。もう一度行くぞグラム!」


彼は自信を鼓舞させることで聖剣をさらに燃え上がらせ、今度は上に跳躍する。下降の勢いに全体重を載せ、再び聖剣をブラッディクラウンに叩き込まんとする。


ガキンッ!


聖剣とブラッディクラウンが衝突した刹那響いたその音は、戦闘を離れたところで見ていた早苗の脳裏に疑問を浮かび上がらせた。

硬い鉱物で構成された聖剣があのような音を出すためには同じく硬いものと衝突する必要がある。しかしブラッディクラウンは身体の表面が波打った、硬さとはかけ離れた存在のように思えたからだ。

そんな彼女とは対照的に、桃太郎は疑問を抱かなかった。むしろ納得した。ブラッディクラウンの腕を見て、全体重を掛けた聖剣による一撃を止めた、たった一本の腕を見て、確信した。

そして戦慄した。今のブラッディクラウンの腕は肘から先が今までに見たことのない、獣じみた、それでいて岩石のようでもある異形の腕だったからだ。


「その腕で、さっきの攻撃も防いだのか…?」


斬れないと判断した桃太郎は潔く諦め、地面に着地して後方へ跳ぶ。体勢を立て直して三度みたび剣を構える。

初めて見る生物に若干の恐れをなしてはいたが、それでも敵を排除しようという闘争心の方がまだ勝っていた。


「その通り。…桃太郎よ。分かっただろう?お前は勝てない。お前は負ける。お前がほふってきた鬼達のように、今度はお前が屠られるのだ」

「俺の攻撃を凌いだくらいで何を偉そうに。お前の皮がいくら硬かろうと、グラムは俺の思いを裏切らない」


そう言って桃太郎は息を大きく吸い、吐く。聖剣を強く握る。


「うなれやいば。爆ぜよ剣戟!貫け!グラム!!」


気勢と共に放たれた突きは、確かな重みを纏ってブラッディクラウンに放たれる。

しかし


「もう少し落ち着くといい」


今度はブラッディクラウンは一歩どころか、腕さえも動かさなかった。たただそこに立って、桃太郎の全力の突きをその身一つで受けていた。

ただ、この時のブラッディクラウンの身体は、全身隈なく先ほどの腕のような異様な物質に変貌していた。


「お前は…何なんだ…!?」


自分の全力をやすやすと受け止められた桃太郎は、その言葉を絞り出すのがやっとだった。


「『何』だと?それはお前が知っているはずだ。桃太郎。そしてグラム」


言ってブラッディクラウンは手を伸ばし、桃太郎の右腕を掴む。

ただのそれだけで桃太郎はぴくりとも動けなくなってしまっていた。


「さあ答えろ。俺は何だ?知っているはずだ。俺は。何だ?」

「ぐっ…」


掴まれている桃太郎の腕に万力のような力が籠められる。ミシミシと、このまま耐え続ければ骨が耐えられないほどの力が籠められる。

しかしそんな中でも桃太郎の闘志は消えなかった。それが証拠に彼の握る聖剣は未だその炎を絶やさず、煌々と輝いていた。


「しらを切るつもりか?忘れたつもりか?さあ答えろ!俺は何者だ!」


ブラッディクラウンの腕にさらに力が加わり、今にも腕の骨が折れるかと思われたその時


「もういいわ!もう終わりよ!」


突如戦闘に割って入る者が現れた。早苗だ。

彼女はブラッディクラウンに戦いの終わりを命じた。彼女の目的は桃太郎に己の無力を痛感させることだったからだ。桃太郎の中でまだ闘志が燃えているとはいえ、このまま戦えば彼が負けることは誰の目にも明らかだった。


「召喚者の名に於いて命ずる。あるべき場所へ戻り給え。骸は地へ、血は川へ、魂は天へ。あるべき場所へ去れ」


早苗の言葉が終わると同時に、ブラッディクラウンは桃太郎の腕を放す。

桃太郎は未だ闘志を放ってはいるが、利き腕の痛みには勝てず、目の前の敵を行かせることにした。

ブラッディクラウンは、異形の姿のまま、早苗へ歩み寄る。その迫力に、早苗は後ずさる。


「聞こえなかった?今すぐ消えなさい。契約は終わりよ」

「契約だと?」


ブラッディクラウンはその場で立ち止まる。


「私が止めろと言ったら止めるという条件で戦わせるという契約よ。確かに交わしたはず…」

「ああ、あの口約束のことか。…あんなものを信じていたのか?」

「なっ、どういうこと?あなた約束は守るって…!」

「もういい。うるさい鬼め。俺に意見するな」


あろうことか、ブラッディクラウンは腕を振り上げ、自らをここへ呼び出した早苗に振り下ろそうとする。

しかしそんなことは桃太郎が許すはずもない。腕は動かせずとも脚は動く、彼は全力で地面を蹴り、ブラッディクラウンの脇を抜けて早苗を奪い取る。背中の肉を犠牲にして。

くぐもった呻き声を上げながら桃太郎は振り返る。視線の先には爪を血液で赤く染めたブラッディクラウンが立っていた。滴る血の量から、傷がそこまで深くないことを推し量り、桃太郎は向き直って剣を構えた。


「待って。まさか戦うつもりなの?」

「当たり前だ。俺は平和な世界を作るために戦っていた。あいつがいたらそれは果たされない」

「無理よそんなの。だってあいつは…」

「無理だと思うなら逃げていろ。足手纏いだ」


桃太郎は構えを左右逆にして構える。負傷した右腕を庇うための苦肉の策として。

彼は挑んだ。目の前の強大な敵に。今まで自分がそうしてきたように。

しかし結果は残酷だった。彼は左腕を砕かれ、左目と右足を失ったところで意識も失い、あっけなく敗北を喫したのでした。


~~~


「…え?母ちゃん。もう終わり?」

「いいや。ちゃんと続きはあるよ」

「え?だったら話してよ」

「続きはまた明日。聞きたかったら良い子は早くねんねしな」

「やだよ。気になって眠れやしない」

「うーん。確かにそうね。…仕方ない。じゃあ最後まで話してあげよう」

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