おどる、おどる 「3」
おどる、おどる 「3」
3年生の秋頃になるとみんな進学のことでソワソワしてくる。よその学校ではどうか知らないが、うちの学校では皆、受験先を明かそうとしない。もし落ちたら格好が悪いと思っているのだろう。俺も少し考えて一番近くの公立高校を受験する事に決めたが、やはりだれにも話さなかった。公立と私立とか2校も3校も受検する奴もいるようだが、担任のM先生に相談すると、もし落ちても二次募集が色々あると聞いて1校に絞った。弓子とは少しだけ進路の話をした。なんと俺と同じ志望校だと言う。もし二人とも合格したら、また弓子とのつきあいは3年続くのかと思うと不思議な気がした。俺はあまり受検勉強もせず、時々自宅で夜に参考書で試験問題を説いてみたりした。2月になると受検の日が来た。当日は志望校に行って受験番号に従って割り当てられた教室で試験問題に取り組む。まあ、分からない問題は無かったが大勢の受験者の中でどのくらいの順位になるのかまるで見当がつかない。翌週、受検校の玄関前に設置された合格者番号がズラリと並んだ掲示版を見に行った。弓子と試験日に見つけた隣のクラスの横山隆史と3人で一緒に行くと番号だけが貼り出されていた。最初に自分の番号を見つけたのは横山だった。「あった!144だ、受かったぁー」普段より高い声で嬉しそうに叫んだ。「お前たちはどう?」俺はちょうど177を見つけたところだった。「俺もあったぞ、合格だ!弓子は?」「うん、私もあったよー、みんな良かったね!」三人で事務室に行って受験票と引き替えに茶色い封筒を受け取ってから、ウキウキ気分で学校に戻って職員室で先生に合格の報告をした。M先生は「そうかーみんな合格したんだな、よかったなー」まるで結果を知っていたんじゃないかと思う程、のんびりした言い方だった。
あとで分かった事だが8人受検して全員合格だったそうだ。中学から続けてこの8人でまた3年間同じ高校に通う事になるのがなんだか複雑な気持ちだ。特に弓子と一緒なのが変な気分だ。翌日、弓子に「また、一緒の学校に通う事になったな?」と言うと「ウン、なんか不思議な運命みたいだねー これからもよろしくお願いいたします」「バカ!なにあらたまった言い方するんだよ?じゃ、こちらこそよろしくお願いいたします、だ」顔を見合わせて笑ってしまった。
3月の始めに卒業式があったが特に感慨にふける訳でもなく、何となく中学生時代が終わったなぁ、くらいにしか思わなかった。弓子の発案で、3月の終わりに卒業記念ということで6人で森林公園に行くことになった。メンバーは俺の友達、国枝と科学倶楽部の横山、それに弓子が誘った太田悦子と一ノ瀬桜だ。太田悦子は2年生の時に俺がちょっとイイナと思っていた子だ。3年生になって弓子と同じクラスになってから仲良くなったらしい。俺は弓子にイイナと言ってから今まで時々眺めるだけで特別な事は何もしなかった。一ノ瀬は弓子が3年になってから同じクラスになって仲良くなったらしい。一ノ瀬と言う子は初めて耳にする名前で全く印象も無かった。当日は女子がお弁当を用意する事になった。横山はウチに色々、水筒があるというのでお茶係、国枝は下に敷くビニールシート、俺は区役所に連絡して公園のお散歩マップをもらいに行っただけだ。
当日は近くのバス停に集合、一度バスを乗り換えて公園に行くことになっていた。9時にバス停に集まると女子は弁当らしき包みを持っていた。横山は水筒を二つ、たすき掛けにしていた。国枝は、なんとゴザをひもで縛って抱えて現れた。しかも2本だ。国枝は母さんに知り合いの畳屋からいくらでも貰えるから古い畳表を使えと、言われたと言う。いらなくなったら捨てて来てもいいとも言われたらしい。全く中学生らしくも高校生らしくもないおかしないでたちの6人組になってしまったが、俺帰る!と言う訳にもいかずバスには国枝とは少し離れて座った。
バスを乗り継いで公園入り口という所でバスを降りた。俺はここから女子が持ってきた弁当を持たされる事になった。俺は「まっすぐ行くと入り口があってすぐ先に展望台になっている小山があるらしいから、そこに登ってみよう」と提案した。国枝が「とりあえずゴザ、入り口の近くに置いといていいかなー?すごく歩きにくいんだけど…どうせ昼まで使わないんだろ?」「バカ、誰かに持って行かれたら困るだろ、持っていけよ」俺が言うと渋々両手でゴザを抱えて付いてきた。横山は俺より少し遅れて科学倶楽部に入部してからつきあいが始まった。なんでも入学してすぐに剣道部に入部したらしいが借りた防具のあまりの臭さに耐えきれず5日で退部したと言う。身長は180㎝以上あって一見、恐そうな雰囲気だが真面目な顔をして時々おかしな事を言う少し変わった奴だ。自分では繊細な所があるから、あまりいじめないで欲しいと言っているが、俺はかまわずツッコミを入れ続けている。今も少し後ろで鼻歌を歌っているようだが、どうも中学の校歌らしい。「横山!そんなに中学に未練があるんならもう一年、中学生やったらどうだ?」と聞くと「いやー、どうも中学卒業したと思うとさみしくてなー」寝ぼけた返事が返ってきた。
弓子たち女子3人組はその後ろで何やら騒いでいるが何を話しているのか聞き取れない。そのうち太田悦子が俺の所に走って来た。「泉君、ユミちゃんとアツアツなんでしょ?高校一緒で良かったねー、私はボーイフレンドいないし高校は女子校だから誰か紹介してよー」俺は「別にアツアツなんかじゃないよ、ホントにボーイフレンドいないなら俺たち3人から誰か選べば?」と答えると「えー、国枝君は私より背が低いし、横山君と歩くと用心棒連れてるみたいでイヤだなー。泉君を取ったら絶対にユミちゃんに怒られるからダメだよー」勝手なことを言う。見た目はちょっとカワイイんだが、言うことが軽薄だと思った。
丸太を組んだ階段を登ると頂上に着いた。「ワー、結構遠くまで見えるねー、富士山はあっちだよねー、でも見えないね」弓子が言うと、一ノ瀬が「もう春めいてきたから空気が澄んでいないんでしょう、これだけ天気が良くて真冬なら見えると思いますよ」もっともな意見だと思った。国枝が「じゃ、マリンタワーは見えるかなー?どっちだろ?」一ノ瀬が「南東の方向だから、あっちでしょう、でもマリンタワーはたしか高さが100メートル位だし、途中にそれより高い丘なんかがあるから、やっぱり見えないと思いますよ」その答えに俺は感心するのと同時に、一ノ瀬という子がなかなか素敵な人に見えてきた。
俺はお散歩マップを見ながら「ここから左に下って行くと大きな池があるはずだから、そっちに行ってみよう」と言ってみると、弓子を先頭にぞろぞろと小山を下りだした。歩道はほとんど舗装されているが左右を見ると樹木があったり小さな花が咲いていたりする。花は菊とひまわりとチューリップくらいしか見分けがつかない俺だが黄色い小さな花が咲いていたりすると、もう春が近いのかと思った。右側の道ばたでかがみ込んでいた弓子が「イッチー、この花はなぁに?カワイイ色だねぇ」どうやら一ノ瀬はイッチーと呼ばれているらしい。一ノ瀬が弓子に近づいてのぞき込むと「あー、このコはカタクリだよ。この薄桃色の花はカワイイよね、もう春がすぐそこまで来てるって事だね。それに、この根っこから片栗粉ができる役に立つコなんだよー」どうやら一ノ瀬は花に詳しいらしい。
国枝はゴザを一本横山に持たせて残りの一本を頭の上で大相撲の弓取り式のようにグルグル回しながら歩いている。