おどる、おどる 「2」
おどる、おどる 「2」
冬休みが終わり、3学期が始まると、2年生のあいだで新しい話題がささやかれるようになった。俺と弓子が付き合っている、と言う噂話だ。教室で、廊下で俺から見れば隠れるようにコソコソと。誰というわけでなく二人、三人と集まって近くの俺を見つけると急に話をやめたり離れて行ったりする。国枝も「泉、おまえ弓子と付き合ってるんだって?ちょっとかわいいよなぁ、みんな二人で話してるの、見たって言ってるぜ」俺は「そんなんじゃねえよ、ただ何となくだよ。別に付き合っているって訳じゃぁないよ。まぁ別にそういわれてもいいけどな」「フーンそっか、彼女がいていいなって思ったんだけど違うのかー?」そんな感じで話は終わる。
俺が困るのは、俺に彼女がいるからアプローチしてもダメだなんて女子から敬遠されることだった。彼女募集中なのに…
弓子にも聞いてみた。「やっぱりユウジクンの耳にも入ってるんだ、んー、知ってるけど私は別に気にならないなぁ、私達付き合ってるって事になるのかなぁ?ユウジクンはどう思うの?」「俺も別に気にならないよ。付き合うって二人で映画見に行くとかボーリング行くとかって事だろ?俺たちそんなことしてないじゃん。」「じゃ、一緒に映画行く?」「バーカ、弓子と行ってもドキドキしないからいいよ」と言うと「だよねー、じゃ、ほっとけばいいね?」そういう事で話はまとまった。
何となく話が合うから話をするだけなんだが、こういうのをウマが合うとか言うのだろうか?あとになって思った事だが俺たちに前世があったとしたら兄弟とか恋人とかではなく、同じ生き物の中に棲んでいたん何かなんじゃないのかなのかな?とも考えた。
2月に入って俺に一大事件が発生した。なんと2月13日の土曜日に生まれて初めてバレンタインデーのチョコレートをもらったのだ。1年生の前田という女の子。チョロチョロと目立つ子で、たしかバレーボール部の女の子が「泉さん、これクラスのフジカワカズヨって子に渡してって、頼まれたの、ハイ」と、渡されたのが小さなリボンのかかった紙包みだ。前田が走り去ってから包みを開けると、チョコレートとピンクの封筒が入っていた。中の手紙を読むと「藤川和代です。分からないと思うけど毎日バスの中でずっと見ていました。思い切ってチョコレートを送りますから受け取ってください。云々」と書いてあった。俺も男になったか!と思ったがどうしていいか分からない。こんな時は弓子に聞くのが一番だ。帰りに聞くと「やったじゃん!何でもいいから朝のバスの中で、よく見てごらん。きっと恥ずかしそうにしてるのが、その和代ちゃんだよ。とりあえずお礼の手紙を書いて前田さんに渡してもらいなよ。そうじゃないと和代ちゃん、かわいそうだから。あっユウジクン、私からも欲しかった?」「おあいにく様でした。弓子にもらっても後が怖いだけだからいらないよ、弓子は誰かにあげるの?」「うーん、ちょっとあげたい人がいるんだけど、あとが面倒そうだからあげないことにした」で話は終わった。
昭和40年代はちょうどバレンタインデーが一般的に知られ始め、行事として広まりつつある時期だった。近所でチョコレートを売っているのは坂田商店と相模屋くらいでしかも普通の板チョコみたいなものだけだ。俺が藤川和代にもらったのは派手な包装紙で赤いリボンがかかっていた。きっと駅のある街まで行って買ったんだろう。机の上にチョコレートを置いて一応考えて簡単な返事を書いた。どんな女の子だか分からないのだから、長い手紙は書けない。とりあえず来週、前田に頼んで渡してもらうことにした。
それからチョコレートは親に見つからないように隠して1ヶ月以上かけて少しずつ食べた。親に女の子に貰ったなんていうとアレコレうるさく聞かれるに決まっているからだ。藤川という女の子はバスのなかで見つけた。下を向いて恥ずかしそうにしてるから間違いないだろう。まあ、かわいいほうだろう。それから1ヶ月以上過ぎても藤川って子は何も話しかけてこない。もしかしたら俺から声をかけなきゃいけないのかもしれないが、面倒だからそのまま放っておいた。
3年生になるとクラス替えがあって弓子とは別のクラスになった。相変わらず下校の時に会うといろんな話をした。かえってクラスが別になったので話すことが増えたくらいだった。俺は相変わらず科学倶楽部に出入りして、週に二日理科室でふざけながら、たまには雑誌に載っている記事をまねて実験をしてみたりした。弓子もそろばんとバレエの教室に通っていたようだ。
夏休みに俺は恋をした。両親と三人で伊豆の海岸近くのホテルに泊まって海水浴に行ったのだ。昼間は横浜より暑いくらいで、なんで親は高原のホテルを選ばなかったのだろうと思った。部屋で夕食をとったあと一人で海岸へ行ってみた。ようやく薄暗くなってきたが、あまり涼しくならず風がベタベタとしているばかりだった。海岸に降りると、海の家の横に一人で立っている白いスカートの女性を見つけた。近づくと女性が振り返ったので目が合った。俺と同じ位の年に思えてので声を掛けて見た。「あんまり涼しく無いですね、横浜から来たんだけど、昼間は暑いですねー」「はい、私も東京から来たんですけれど今もあまり東京と変わらないみたい」少し話をしたいと思ったので道路の横の明るいところにあるベンチに誘ってみたら着いてきた。街灯の下で横顔をチラッと見ると目元が優しい感じで好みのタイプだと思った。ドキドキしてきたが、話を聞くと高校1年生でやはり親と海水浴に来たと言う。泊まっているのは俺のホテルの隣だった。「妹が部屋にいるんでそろそろ帰ります」そう言うのでおれは慌てて名前と住所を聞いた。帰ったら必ず手紙を書くからと言って。彼女の後ろ姿を見送りながら、忘れないように今聞いた住所を3回頭の中で繰り返した。
翌日、うちに帰ると早速彼女に手紙を書いた。今度どこかで待ち合わせして遊びに行きませんか?云々、電話番号と住所を書いてポストに入れた。結局夏休みが過ぎても返事は来なかった。俺の恋も終わったかな、と思った。世の中、そんなに自分の思い通りにならない事を学習した。