おどる、おどる 「18」
黒田は緊張した様子で少しずつ話し出した
「うん、池口さんも家族も怪我はなかったらしい。俺のクラスに池口さんと中学が一緒で近所に住んでる坂本っていう女子がいるんだけど、そいつが朝いきなりおれを見つけると(黒田君、池口さんと同じ新聞部だよねー?昨日の夜、池口さんのうちから火が出て近所は大騒ぎだったんだよ)こう言い出したんでおれは詳しく話を聞かせてもらったんだ。話によると坂本は7時過ぎにサイレンがたくさん聞こえたんで家から出て消防車が行った方へ向かってみたら池口さんの住んでるアパートから黒い煙が上がってて周りの野次馬のなかに池口さんと弟がいるのを見つけたんだって。お母さんはいつも仕事で帰りは夜遅いって聞いてたから池口家は全員無事だろうと思ったんだって。で、そっと池口さんに近づいて話を聞いたらしい。そしたら(私と弟で銭湯に出かけていて帰る途中でサイレンが聞こえたんで戻って来てみたらこんな騒ぎになってたのよ。どうも私の家が火元だったみたいだけど、後から家を出た弟は間違いなくストーブの火は消した!って言ってるから何が何だか分からないのよ)オロオロしながらそんな事を言ってたらしい。消防隊員が窓ガラスを割って水をかけたらしいんで家の中はビショビショでとても入れる様子じゃなかったらしい。坂本さんは(今晩泊まるとこらがなかったら私の家に来て)っていって引き上げたんだって。警官が家の人を探しているようだったんで、そこで帰ったらしい。結局、怪我をした人はいなかったらしいと言う事だって」
俺は一度だけ行ったことのある池口さんの住んでいたアパートを思い浮かべた。決して新しくないアパートの1室だったが部屋はきれいに片づいていた事を思い出した。
「池口先輩は2階に住んでいたよな、俺は一度だけお邪魔してレコードを借りた事があるよ。で、今日は来てるのかな」
「いや分からないけど先輩の教室か上村先輩の所に行ってみようかと
思ってるんだ。泉も一緒にいこうぜ」
一緒に2年生の教室を廻ってみたが池口先輩は来ていないし、上村先輩はそんな話は聞いていないと言う。
「それホントの話なのね、一緒に職員室にいって担任の先生に聞いてみましょ、二人ともついてきて」
上村先輩に言われるまま俺たちは恐る恐る職員室に行った。池口先輩の担任に話をきくと「そうなのよ、さっき池口さんから電話があって驚いたのよ。今日はあと片付けもあるし、おまわりさんが来るから休むって言ってたわ。心配だわねー。でも元気みたいだったから何日か休んだら登校してくるでしょ」
池口先輩の担任は50過ぎのおばさん先生だったが、どうもぼんやりした感じであまり親身になってくれそうもなかった。
職員室を出ると上村さんが「どうもはっきりしたことはわからなかったわねー、あとで池口さんの家に電話してみるわ、授業が始まりそうだからここで解散。なにか情報が入ったらお互いに報告しましょ、平山君たちには私が話しておくわ」
こう言って池口先輩は階段を登っていった。
1週間程して新聞部の臨時部会の招集の連絡があった。ねずみ色の暗い空から冷たい雨か雪でも降ってきそうな放課後に部室に行ってみると大体メンバーが揃っていた。なかには池口先輩の姿も見えた。
俺は「池口さん、大丈夫でしたか?みんな心配してたんですよー」
平山先輩が「泉、ちょっと待て、もうすぐ全員揃うと思うからそれから池口に話して貰おうと思ってるんだ。なんか話したいことや報告したいことがあるらしい」
「わかりました」
しばらくして高島先輩と片岡がやって来て全員揃ったところで平山先輩が「よし、揃ったようだから池口に話してもらおうか、みんな池口の家が火事になったことは知ってるよな?その続きからかな?」
池口先輩はあまりいつもと変わらない様子で話し出した。
「みんな色々心配かけてごめんなさい。私も家族も全然元気だから大丈夫よ、ありがとう。あれから警察に行ったり、大家さんや家の下に住んでる近藤さんちにお詫びに行ったりして忙しかったから学校休んじゃったけど、もう大体普通になったから平気よ。今はお母さんの勤め先の中華料理屋のご主人の家の空き部屋に3人で仮住まいしてるけどなんとかやってるわ。結構新鮮で楽しいわよ。えーと 火事の話ね、あの日はまだお母さんが帰ってくる時間じゃないから夕食前に弟のススムと二人で銭湯に行ったの、私が少し先に出てススムがあとから家を出たの。寒かったから石油ストーブはつけてたけど、出かける時はいつも忘れずに消してたのよ。あの日もススムは火は消したって言ってた。消防の調べでは消火したばかりのストーブの上に干してたタオルかシャツが落ちてそこから火が出たらしいと言う事だったのよ。間抜けな話よね。二人で帰りの途中でサイレンが聞こえたけど、まさか家が火元だとは思わなかったわ、あはは。それから近所で電話を借りて仕事中のお母さんに訳を話して帰ってきてもらったの。その場でお巡りさんに色々聞かれて、そのうちお母さんが自転車で帰ってきたの。その日からお母さんの勤め先の家に泊めてもらってて少しずつ焼けたアパートの整理の通ってたの。教科書やノートは消火の時に水がかかってブヨブヨになっちゃったけど乾かして使えるの。ノートなんて2倍くらいの厚さになっちゃたのもあるから鞄に入れるの大変よ。私の一番大切なレコードは押し入れの中の段ボール箱に入れてたから無傷で済んだわ。不幸中の幸いってやつね。
えーと、あとは大家さんが火災保険に入ってたから煤けて濡れた部屋は直せるから心配するなって言ってくれた。良かった、良かった」
なんだか無理に明るく話してくれてるような気がしてると思っているのはオレだけじゃないような気がした
「それから私の話の中にお父さんが出てこないのが不思議に思えるだろうから話しておくけど、お父さんは私が5年生だったある日突然いなくなってしまったの。蒸発ってやつかしらね。どこかで生きてると思うけど、それっきりお父さんは帰って来ないし、お父さんに関する情報は何処からも入ってこないの。お母さんは朝のうちはお弁当屋さんでパートでお弁当作ってて、夕方から12時くらい迄、中華料理屋で働いてるの。先週から仕事の為の通勤時間がなくなって楽だって、お弁当屋さんには自転車で通っているの。あー、口が疲れる。で、これからの事なんだけどみんなで相談したんだけど来年から群馬のお母さんの実家で暮らすことにしたの。実家にいればお父さんも帰ってくる気になったら見つけやすいって事もあってね。だからみんなには申し訳ないけど新聞部は12月で退部、次の学校はこれから探すけど高校なんてどこでも一緒でしょ?なんとかなると思ってる。短い間だったけど楽しかったわ、みんなありがとう。それから泉君、あとで読んで欲しいんだけど手紙を書いてきたの。ラブレターじゃないからね。そのあとはみんなで読んでもいいわよ。はいこれで私の話はおしまい。質問があったら何でも受け付けますよー」
こう言って池口先輩はコップのぬるくなったお茶を飲んだ。また片岡はポロポロ涙をこぼしている。上村先輩が「池口さん、色々大変だったねー、さよならは悲しいけど群馬に行っても、私達はいつまでも友達だからね。むこうに着いたら必ず連絡ちょうだいね。待ってる」
あとはみんな黙ってるし、片岡なんて机に突っ伏して肩を震わせている。困ったヤツだ。
上村先輩が「2学期の終わりまでまだ1ヵ月あるじゃない、みんなやりかけの仕事を頑張って続けてね。平山君、今日はこんな所でいいんじゃない?」
平山先輩が「おう、そんなもんだな。じゃ今日はこれで解散、お疲れ様でしたー」
黒田が近寄ってきて「泉、なんの手紙もらったんだ?ちょっと気になるから見せてみな」
「ちょっと待てよ、ラブレターじゃないって言ってたろ。今考えてるからちょっと待てよ」
俺はそんなことよりまだ肩を震わせている池口が気になって背中を強めに叩いて言った。
「池口、いつまでそうやってるんだよ?、池口先輩はお前よりよっぽど悲しいのにああしているんだからしっかりしろよ!」
真っ赤な目をしたまま池口が顔を上げて「ごめんなさい、分かっているつもりなんだけど、どうしようもなかったの。それより手紙に、なんて書いてあるのか私も知りたいの」
なるほど二人の気持ちも分かったし雨もまだ降らないようなので、俺は決めた。「分かった。ここじゃ先輩達が戻ってくるかも知れないから、学校の下の公園に行こうぜ、そこで手紙を読んでみるから」
そう話して3人で鞄を持って、この間弓子達と行った小さな公園に向かった。




