おどる、おどる 「17」
ここはブランコとすべり台、ベンチがあるだけの古い公園だ。
横山の話では運動部の連中は部活帰りに食べ物を買ってここに来て喋りながら空腹を満たしている場所だと言う事だ。学校でも黙認になっているが必ず食べ物やゴミは持ち帰るように言われている。
今日はまだ部活が終わる時間ではないので誰もいない。近所の子供達もここではあまり遊ばないようで、ペンキの禿げたブランコもベンチも占領出来た。
ベンチに鞄を3つ積み上げ、隣に弓子が座った。ブランコのまわりの柵に横山と俺が腰を降ろした。横山のスポーツバッグは足元に置いてある。
横山はバッグの上の紙袋からクリームパンを取り出して牛乳を飲みながら俺に
「何?面白い話って、いいことあったのか?」
「うん、ところでお前、デートってしたことある?カノジョっていないよな?」ファンタを飲みながら聞いてみた。
「なんだよいきなり、デートなんてしたことないよ。先輩が俺たちの恋人は剣道だぞ、って言ってたけど俺もそう思うぞ」
俺は弓子と顔を見合わせて首を縦に振った。
「実は俺、模擬デートしたんだよ。お前もどうかな、と思ったんだけど」
「なんだ?模擬デートって?剣道の乱取りみたいなもんか?」
「バカか?お前は」
おれは新聞部の片岡と相談してデートしたことを話した。公園で遊んで昼食にカレーを食べたことなど詳しく話して聞かせた。その間に横山は二つ目のメロンパンを食べて2本目の牛乳を飲んでいた。
白くなった口の周りをタオルで拭いながら
「なるほどー わかった、練習って大事だもんなぁ、練習の結果が試合に生きるもんなぁ、でも俺につきあってくれる女子なんて見つかりそうもないなー」
ため息交じりに俺は横山に言った。
「だから、ピンとこないやつだなぁ、こうして弓子もついてきてくれてるってことは弓子もお前の言う練習ってヤツをやってみたいと言う事だよ。弓子じゃだめか?弓子はお前なら知らないわけじゃないし本気にはならないけどデートしてもいいって言ってるんだよ。それとも弓子じゃいやだ!ってことか?」
「エッ、ゆみちゃんが俺と練習してくれるの?俺は大歓迎だけどホントにいいの?祐二もゆみちゃんも」
弓子はちょっとうつむいたまま横山に「わたしもデートしたことないから横山君がよければ模擬デートしたいなーって思ったんだけど、私とじゃダメなの?」
「いやいや、ダメじゃないよ、相手がゆみちゃんならあんまり緊張しないですみそうだし俺も頑張れると思うから、ぜひお願いします。」
横山はパンくずだらけの膝に両手をついて深々とお辞儀をした
俺は「よーし、決まったな?あとは二人でじっくり話して計画立てろよ。俺は関与しないからな。ただ無事に終わったら二人ともどんなかんじだったか俺に教えてくれよ。楽しみにしてるからな。じゃ、横山のおやつタイムも終わったようだからバスで帰ろうぜ。あとは二人で放課後でもウチに帰ってから電話でもいいから相談して楽しいデートの計画を立ててくれよ。まかせたぞー」
荷物をかたづけて俺が先頭、弓子と横山は並んで後についてきた。時々ボソボソと二人の声が聞こえたが何を話しているのか分からない。おもしろくなってきたなーと俺は思った。ボーイフレンド、ガールフレンドがいないヤツはけっこういると思うから模擬デートが流行るといいなと思った。デカくてごつい横山とちょっと細身で小さめの弓子が二人で仲良く歩いている姿を想像して俺はおかしくなった。
もしも本当に弓子と横山がそのまま仲良しカップルになったら、俺の中で二人に対する気持ちはどう変わるだろうかと考えたが、たぶん友達気分はそのままなんだろうと思った。弓子に好きな人が出来れば何となく嬉しいし、横山から弓子とつきあっている話が聞ければ楽しいと思った。
そんなことより俺も早くほんとのガールフレンドを見つけないと、楽しい高校生活が送れないんじゃないかとちょっと不安になった。
それからすぐに11月になって、急に肌寒い日が続くようになったりした。だんだん夕暮れが早くなってきて校門の横にあるイチョウの葉もいつの間にか黄色くなってきた。
今のところ弓子からも横山からも模擬デートの報告は来ていない。きっと横山が日曜でも剣道の練習や試合があるから、まだデートしてないんだろう。
俺も新聞部の部室に出入りが増えて忙しくなってきた。年末までに出す新聞の記事を一つ任されたので職員室に行って話したこともない先生に高校時代のエピソードを聞いたりして回っていた。女の先生には片岡を同伴させて取材したが、あまり話そうとしないのでただの書記を連れてきただけのようだった。さすがに当時つきあっていた異性について話してくれる先生はいなかったが、みんな若い頃はけっこう失敗したり迷ったりしていたようでいつの時代でも16歳は16歳なんだなと当たり前のことに感心したりした。
11月も終わりが近づいて朝晩は冷え込むようになってきた。そんなある日の朝、教室に黒田が飛び込むように入ってきた。
「泉、きいてるか?池口先輩の家が火事になったって」
「何、いつのことだ?先輩は無事なのか?」
俺はたった今聞いた話に驚いた。