おどる、おどる 「16」
結局、俺は弓子の発表会に一人でこっそり行く事にした。
当日は少し遅めに公会堂に行って後の扉をそっと開け、始まったばかりの発表会に潜り込んだ。
客席はまばらに人がいるだけで、誰も後を振り向こうとしないので後から2番目の席にそっと座った。ステージだけが明るい照明に包まれているが客席はほの暗い。
少しずつ目が慣れてくると、やはり女性客が多いようだ。少し前の方に制服を着た高校生が三人座っているのが見えた。左にいる女子は見覚えがあった。
たしか、ひとみちゃんとかいう弓子の友達だろう。という事はあとの二人もきっと弓子の友達だろう。どうもプログラムは小学生から中学生、高校生と進行する用だ。昨日遅くまでレコードを聞いていた俺は薄暗い中でクラシックだろうか、普段聞かない音楽で段々眠りを誘われていつの間にか眠っていた。
気がつくとステージは高校生の踊りが始まる所だった。あわてて背筋を伸ばしてしっかりと目を開いた。曲が終わると三人がステージの前に進んで脚を組んでお辞儀をして下がって行った。
客席からまばらに拍手が起こるのと同時に5列ほど前から立ち上がる二人が見えた。どうも高校生のカップルのようだが腰をかがめて横を向くと通路に出てきた。女子はイッチーだ!慌てて下を向くと二人はステージの方に向かって降りて行き、最前列に座り直した。
どうやら俺には気づかなかったようだ。
ということは、弓子のステージを観に来たようだ。男子はきっとイッチーのボーイフレンドだろう。おそらく二人は高校で知り合ったんだろう。
まぁ、最初から俺とはつり合わないだろうと思っていたから大ショックではないがちょっと寂しくなった。
その間に一度暗くなった舞台が明るくなって演奏が始まった。おそらくこのステージで弓子が登場するんだろう。イッチーはバレエに詳しいのか、それとも弓子から出番を聞いていたのか、それで最前列に移動したんだろう。
明るくなった舞台の両袖から6人が現れた。
バレエを見るなんて初めてだから、みんな出演者はふわふわの短いスカートみたいなのと袖無しの衣装だと思っていたから驚いた。
西洋の王様みたいなのが長いガウンみたいな衣装で現れたからだ。ホントは男の踊り子が演じるんだろうが、たぶん男がいないんだろう。どう見ても演じているのは高校生の女子だ。隣に立っているのはお妃様だろう。あとの4人は侍女かなにかだろう。全く予習をしていなかったからよくわからない。失敗したかな?と、思う。
まあ、誰でも初めて経験する事はあるんだろうから、何も予備知識なしも面白いと自分を慰めた。
王様達はクルクル回ったり脚を高く上げたりしないで、音楽にあわせてスルリスルリと動き回るが。やがて舞台の隅の椅子に腰掛けてしまった。同時に左右から3人ずつ踊り子が現れた。左側の真ん中が弓子だった。この6人が俺の想像していたバレエというものを踊り出した。つま先立ちで脚を真横に伸ばしたり上げたり、みんなそろって上手に踊る。弓子も真面目な顔をしてほかの5人とそろって演技している。踊る弓子なんて初めて見るから不思議な感じだ。小学生の頃から一生懸命練習するとこんなに足を上げたり回ったり出来るようになるんだと感心してしまう。しばらくすると両側の二人ずつが引っ込んでしまい弓子ともう一人が舞台の真ん中で踊り出す。ここが弓子の言っていたうまく踊れないと言っていたところだろう。素人の俺が見る限りでは二人の演技は揃っていて、おかしな所は見つけられなかった。やがてまた舞台に6人が揃い、王様たちも立ち上がって前に出てきた。
ここでそろってお辞儀をすると照明が落ちて拍手が起こる。
出番はこれで終わったようだ。
弓子の舞台が終わると俺はすぐに公会堂を出た。一度くらいはバレエってどんなもんだろう、弓子はどんな踊りをするんだろうと思って公会堂に来てみたが、どうも俺にはピンとこなかった。ステージと言えばマイナーなフォークコンサートに行ったことがあるだけだったから、いきなりクラシックの曲が演奏されて一度も見たことの無いバレエの公演なんて理解できる訳がなかったのだ。
ただ、弓子が真剣にバレエに取り組んでいることだけはステージの上から伝わって来た。もう少しバレエの事を知っていたら面白かったのかも知れない。
今度、図書館に行ってバレエのことを調べて見ようと思った。
何日かして帰りのバス停で弓子と出会った。
「おう、久しぶりかな? 言わなかったけど、こないだの発表会をちょっと覗いてみたんだ」
「えー!見にきてくれたんだー、誰ときたの?どうだった?」
「一人で行ったんだよ、公会堂のなかでイッチーを見つけたけど話せなかった。ボーイフレンドらしき人と二人だった。んー、どうだったと言われてもバレエなんて初めて見たんだから分からないよ、でも 踊りはみんなと揃っててうまかったと思ったよ」
「そう、ありがとう。イッチーは学校の園芸部の先輩達と行く、って言ってたからボーイフレンドじゃないと思ってたけどなー」
そんな話をしているところに校門の方から横山がやって来た。
「おい弓子、デートの話をもう横山にしたか?」
「ううん、まだだけど」
「今がチャンスなんじゃないか?よければ俺も話しに加わるから声かけようか?」
「わかった、ちょっとドキドキするけどいいよ」
俺は向かってくる横山に「おーい横山、久しぶりだなー 今日は剣道の練習は無いのか?」
「やあ、久しぶり。風間も久しぶりだなー今日は主将がキャプテン会議で顧問の前山先生とN高に行ったから珍しく休みなんだ」
「じゃぁ今からちょっと時間あるか?面白い話があるんだけどなぁ」
「うんいいよ、面白い話って好きだな。でも腹が減ったから下のパン屋でパン買ってからでいいかな-?」
「おう、いいよ。じゃその先に公園があったろ?そこで腹ごしらえしながらにしようぜ、弓子もいいよな?」
下のパン屋というのは次のバス停との間にある店で横山によると部活帰りの連中が集まる店らしい。横山はメロンパンとクリームパン、牛乳パックを二つも買った。俺と弓子はファンタを1本ずつ買っただけだ。
住宅街を少し入ったところにある小さな公園のベンチに腰を降ろした。