おどる、おどる 「13」
片岡から提案を受けた翌日から少しずつ模擬デートについてあれこれ相談をした。まず、デートと言っても映画を見るとかボウリングをするとかはふさわしくない、という事になった。映画やボウリングに夢中になってしまうと肝心な会話のやりとりがおろそかになってしまうというからだ。
結局、天気の良い日に公園に行く事になった。
ある日の放課後、部室に向かう途中でバッタリ弓子と出会った。
「おう、久しぶりかな?ドコ行くの?」
「ん、ひとみちゃんと図書室で待ち合わせしてるの。世界史で解らないとこがあるから二人で調べようって事になったの」
俺は黒田に頼まれていたことを思い出した。
「フーン、勉強熱心なんだな。ところでこないだ会った新聞部の黒田って奴、覚えてる?」
「うん、ちょっと恐そうな顔の人でしょ?覚えてるけど、どうしたの?」
俺は黒田は精悍な顔つきだと思っているが、女子からみると黒田は恐い顔なのかと思った。
「いや、弓子には黒田は恐そうに見えるんだ、実際は恐いところなんてないんだけどな-、案外いい加減なところはあるけどなぁ、いやホントは真面目でいいやつなんだけどな。その黒田が弓子のことカワイイって言ってるんだ。今度話してみたいって言ってたけど、どう思う?」
「ふーん、別に恐くてしょうがないって訳じゃないし、いやなタイプじゃないけど、ほんとに私のことカワイイって言ってくれたの?」
「あぁ、ほんとだよ。今度会ったら話してみたいって言ってたぞ。珍しく本気みたいだったぞ」
「うーん、嫌いなタイプじゃないし、別にいいけど私のことほんとにかわいいって言ってくれてるんなら話してもいいかな?でも夏に思いっきりふられたばかりだから、ちょっとこわいなー」
「大丈夫、大丈夫。あいつは悪い奴じゃないから、もし声かけられたらちゃんと相手してやってな」
俺はついでに片岡と模擬デートすること話そうか、と思ったが大失敗したら恥ずかしいんでやめておいた。デートが終わってから話せばいいか、と考えた。
10月〇日 片岡と横浜駅で待ち合わせしてバスで公園に行った。曇り空だが雨は降りそうもなかった。俺は普段通りのジーンズ、貰ったコカコーラのTシャツに水色のシャツを羽織っている。片岡はベージュのスカートみたいなものに白いフリフリのついたブラウス、紺のベストみたいな上着を着てきた。ふだん女子の服装なんて興味を持ったことがないのでおしゃれしてきたかどうかも分からない。
バスに乗ってから
「片岡、今日はよろしくな、ヘンだと思ったらお互いに正直に教えあおうな」
「はい泉君、練習だって分かってるんだけど、なんか緊張してるみたいです。よろしくお願いします。」
10分もしないで公園前のバス停に着いた。この公園は以前に片岡が妹と来たことがあるということで選んだデートスポットだ。前を歩く片岡の肩に大きめのバッグがユサユサ揺れるのを見て
そのバッグには何が入ってるんだろうと思った。昼食は駅の近くに戻ってからどこかで食べることになっているんで弁当じゃないだろう。
大きな樹の下にわりと綺麗なベンチを見つけたので二人で腰を下ろした。まわりにはスズメが何羽か飛び回っていたり地面をつついてるのもいる。少し離れたところでなにか体操か太極拳みたいに手足を振り回している年老いた女性が二人いるだけだ。俺たちを気にしている様子はない。
俺は片岡に聞いてみた。
「なあ、片岡。さっきからちょっと気になるんだけどそのバッグには何が入ってるの?昼は駅に戻ってから食べることにしたんだから、弁当じゃないよなー?」
「あー中身ですか、お昼まで時間があるから、おやつにと思ってお茶とおせんべい、歌舞伎揚げです。もう食べますか?」
「ちょっと待って、俺も歌舞伎揚げは好きだけど初デートには三角印じゃないかなぁ、おやつを持ってきてくれる子はいいんだけど、食べる時のこと考えてみな、バリバリ音がするだろ?それに絶対口からこぼれるよ。かっこ悪いと思わないか?」
「なるほどー、わかりました。次はほかの物にします。なにがいいでしょうか?」
そう言いながらノートを引っ張り出して何か書き込んでいる。
「んー、ちょっとすぐに思いつかないけど、たとえば一番いいのは自分で焼いたクッキーとかなら、男子は最高にうれしいかな?それが無理でも小さいお菓子とかチョコレート系がいいかな?」
「じゃ、今日の歌舞伎揚げはやめときますか」
「いや、今日は練習だから食べるよ。俺ホントに好きなんだ」
二人でいきなり歌舞伎揚げをバリバリ食べ出した。
「なるほど泉君、バリバリ音がしますねぇ、それに今かけらが口からこぼれ落ちました。すごい推理力です。天才なんじゃないですか」
「いや、誰でも少し考えればそう思うんじゃないかな?」
それでもバリバリと音を立てながらいろんな話をした。友達のこと、趣味でやっていること、家族のこと。片岡の妹は中学1年生で6年生の時に夏休みの宿題でこの公園に、写生に来たこと、父親は銀行の役員で休みの日はつきあいがあると言ってしょっちゅう家族を置いて出かけるという。母親は割と無口であまり話をしない、妹とは仲が良くいろんな話をしたり一緒に出かける、と言う。俺は一人っ子で父親は普通のサラリーマン、母親は友達が多いらしくよく出かける。俺はイラストみたいなものが好きでスケッチブックにいろいろ書いている事などを話した。
一時間も話していると尻も痛くなってきたので少し歩こうと言う事になって公園の奥のほうに歩いて行った。子供の遊具がある広場に出た。小学生が三人で遊んでいたがブランコが空いていたので二人で腰を下ろした。
「泉君、将来やってみたい事ってあるんんですか?」
ブランコを揺らしながら片岡が訪ねる。
「んー、特に考えてないけど大学に入るといろんな事をする人が多いって聞いたからぼちぼち考えるよ。片岡は?」
「私は、どんな仕事をするようになるか分からないけどみんなに喜んでもらえる事を一生懸命やりたいと思ってます」
「うん、模範的な答えだけどもう少し男子がそそられるようなご機嫌な答えはないかなー?」
「たとえば?」
「んー、そーだなぁ、たとえば料理の勉強をたくさんして美味しいものがいろいろ作れるようになりたいとか…どうかな?」
「でも私料理は得意じゃないからウソをついてるみたいでダメです」
「だから たとえだよ。俺だって急には思いつかないから、あとでよく考えて。ウソじゃなければいいんだから」
「はい、考えてみますね。それより泉君、小学生がどこかに行っちゃったからジャングルジムが空きましたよ。あれ小さい頃から大好きなんです。一緒に登りましょうよ」
「いいけどお前、スカートじゃないか。パンツみえちゃうぞ」
「大丈夫です。これキュロットスカートって言うんです。ほら、股の所がズボンみたいになってるんです。一番上まで登るんですよー」
どんどん先にジャングルジムのほうに歩いていってしまう。仕方なく俺も後を追いかけた。
片岡はすぐに小さなジャングルジムたどり着いて手足を器用に使ってどんどん登っていく。 やっと追いついた俺がジャングルジムに手を掛けた時にはもう中段まで登っている。見上げるようにすると、なるほどパンツは見えない。残念なようなホッとしたような気持ちが半分半分だ。
「ほーら、そんなに高くないけどやっぱり景色が違って見えますよー」
一番上にたどり着いて座っている片岡が言う。やっと追いついた俺は
「まぁ少しは景色が違うけどそんなに大騒ぎするほどじゃないと思うけど…」
「何言ってるんですか、風だって違うじゃない。近くの樹に近いから葉っぱがザワザワする音だって違いますよ。あー気持ちいい」
ふーんこいつ、普段はあまり話さないイメージだったが楽しいときは結構喋るんだなと気付いた。ジャングルジムの上で担任や教科担当の先生の話で盛りあがった。英語担当のK先生は発音がおかしいとか、俺の担任は絶対に家では奥さんに頭が上がらないとかつまらない話をして10分ほどでジャングルジムを降りた。
しかし、降りてから気付いたが初デートでジャングルジムの上で大笑いするカップルはいないだろうと思った。
「なあ、片岡、俺だから良いけど普通初デートでジャングルジムの上で大騒ぎするカップルっていないだろう。おかしくないか?」
「なるほどー、そう言われればそうですねー、他の人とデートするときはやめたほうが良さそうですね。ノートに書いときます。そろそろお昼になるから駅に戻りましょうか?」
歩きながら新聞部のメンバーについてアレコレ話をしながら公園の出口に向かった。