おどる、おどる 「12」
「おどる、おどる」12
9月の終わり頃、授業が終わってから俺は黒田と並んでバス停まで無駄話をしながら歩いていた。校門の手前の両側に赤い花が咲いているのに気付いて
「おい黒田、この赤い花はなんだか知ってるか? 前にもどこかで見て誰かに名前を聞いた覚えがあるんだけど全然思いだせないんだ」
黒田はすまし顔で「おう、これは秋に咲く赤い花だよ。時々見るけど食える訳じゃないし、どうでもいい花だよ」
やっぱりコイツに聞いた俺が間違いだったと思った。そこで誰かが俺の背中を割と強く叩いた。振り返ると弓子が笑っている。
「ユウジくん久しぶりだねー、うしろで話を聞いてたけど二人ともおかしいねぇ、彼岸花も知らないなんて」
言われて俺は突然いろいろと思い出した。
「アー 彼岸花だな。ちょっとど忘れしただけだよ。別名を曼珠沙華とも言う。秋のお彼岸の頃に咲くから彼岸花なんだよな?それより黒田、弓子と会うの初めてだよな?中学の時からずっと一緒でウチも割と近いんだ。先に言っておくけど別に彼女じゃないからな?幼なじみかな、6組の風間弓子だ」
今度は弓子に「こいつは新聞部で同級生の黒田一成、夏休みに新聞部の合宿で一緒に千葉に行ったんだ」
互いに探るような目で相手を見ているが固まって動かなくなってしまった。まぁ、突然の初対面だからしょうがないかと思う。
黒田に「おまえはバス停、向こう側だよな?じゃ、また明日」
こんどは弓子に「久しぶりだから色々話したいことがあるけど時間ある?横浜回りで返ろうか?」
「うん、いいよ今日はバレエの練習ないし、そうしよう」
言われて突然思い出した。「そういえば秋にバレエの公演あるって言ってたよな?」
「うん、公演じゃなくて発表会だけど10月だよ」
ちょうどバスがやってきたのでそのまま二人でバスに乗り込んだ。
「ペアで踊る所が少しあるけど、うまくいかなくて少しめげそうなんだ」
「フーン今度はオレも見に行くかな?10月何日?」
「えーと、第三日曜だよ、いつもの公会堂」
「わかった、誰かを誘って天才バレリーナの踊りを見に行くかな?」
「やめてよ、天才だなんて、落ち込んでるのに嫌みだよ」
そんな話や夏休み中の出来事を話し合ううちに横浜駅に40分で到着する。
電車に乗り換え、またバスに乗る。1時間以上とりとめない話を続けても疲れない、不愉快にならないのがお互いに不思議だ。俺にはいないが、いたとしても兄弟とも違う感じだ。
翌日、昼休みに黒田が教室に現れた
「泉、昨日初めて会った風間って子、ほんとにお前の彼女じゃないのか?」「だから行ったろ!彼女なんかじゃないって」
深呼吸してから黒田が続ける
「そーかぁ、ただの友達なんだな。じゃあ、あの子に彼氏いるのかどうかは知ってる?オレひと目みてなんかかわいいな、タイプだなーって思うんだけどどう思う?ホントのことを聞かせて欲しいんだけどなー頼むよ、お願いしますから…泉くーん」
なんかいつもと態度が違う。ひょっとしたらひょっとしてるかも知れない。
「おまえ、どうも様子が変だな、もしかして本気なの?んーと、そうだなぁ、オレの知ってる限りじゃ今は彼氏いないと思うけど、1学期にだれとかにふられた話は聞いたけどな。」
「んじゃ、オレにもチャンスがあるって事だな。ちょっとさぁオレがなんか気にしてる、ってそれとなく伝えてくれよ。お願いだよ。そしたらオレ、風間さんに声かけてみるから、男同士の約束だぜ、よろしくお願いします。なるべく早くだぞ!」
やれやれ、どうも恋の橋渡しをすることになったようだ。まぁ、弓子にその気があるかどうか聞いてみるのも悪くないなと思う。弓子もその気になれば俺も嬉しいかな?と思った。
放課後、新聞部の部室に何人か集まっていつもと同じように役に立つのか、立たないのか分からないような話をしてお開きになろうとしたところで片岡が近寄ってきて俺に小声で話しかけてきた。
「あの、泉君ちょっと聞いて欲しいことがあるんだけど少し時間をくださいな、ダメですか?」
「時間はいいけど、何が聞きたいの?」
「それはここでは無理です。秘密が秘密でなくなります」
俺はちょうどコナン・ドイルのミステリーを読んでいたところなので冗談半分に
「秘密って人を殺すなんてことかな?」
「人をコロスのはよくない事です。人をコイスルのはよい事です。だから…」
よく分からないがどうも人に聞かれたくない話らしい。
「わかった、じゃ廊下の突き当たりの階段のところで良いかな?あそこは演劇部が練習してない時はほとんど生徒も先生も通らないから」
そう言いながら階段の方に向かって歩くと、黙って付いてくる。
「ここなら良いかな?話って何?」
「あの……、泉君、今付き合ってる人がいないなら、私と模擬デートして欲しいんです。ダメですか?」
いきなり訳の分からないことを言われて俺の頭の中はハテナマークだらけだ。
「あの、よく分からないんだけど、どう言うこと?」
片岡は鞄の中に手を入れてゴソゴソしているとノートを取り出して付箋の付いたページを開いた。
「私は今も以前も男の人と付き合った経験はありません。でもいつか誰かを好きになって一緒に行動するときが来ると思います。」
ノートに話したい事を書いてきているようだ。
「うん、それは分かるよ。で、どうしたいの?最後まで聞くから続きを読んで、じゃなくて話してかな?俺は黙って聞くから」
「どうもありがとう。えーと」
ノートを指で押さえながらゆっくり話し出した。
「私は美人でもないし、へんな女と思われる事が多いと思うけど、うん、それはそうなんだけど、そうじゃなくて…私だって好きな人ができたりして恋愛みたいな事になることがあるのかなぁ?って思う事があるんです」
鞄を下に置いてノートのページをめくる。
「それで小説を読んだりエッセイを読んだりすると、初めて二人で出かける事になったときにスムーズにいってしあわせな気持ちになる場合と失敗して恥ずかしい思いをする事があるんですって。それで…」
俺は壁にもたれて黙って聞いていた。
「それで、もしそんなことになったときに私、みんなみたいに器用にやり繰りする自信がないんです。それで誰かと練習しておけばうまく出来るかな?でも、一人で練習なんてなかなか出来ないし、誰かにお願いしようと考えたんです。でも普段、普通に話をしたことあるのは泉君と黒田君だけなんです。
黒田君はなんか眉毛が恐いからダメで、泉君は一生懸命私の話を聞いてくれようとしてくれるから、あっ違う、今、泉君が大好きってことじゃないんですよ。普通くらいに好きですけど」
結局、俺は消去法で選ばれたわけか。
「泉君はあんまり恐くないし、もしOKって言ってくれたらうまく練習出来そうだし、おかしいところがあったら教えてくれそうでしょ?ダメでしょうか?…ふー、言えた」
なるほど、大体言いたいことは分かった。こういう考えもありだな。妙に納得してしまう部分もあるし、俺自身にとってもメリットがあるかも知れないと思った。万が一模擬デートが失敗に終わっても特別に片岡に関心があるわけでもない自分に損な話じゃない。少し背が低いが片岡だって特別ブスというわけでもないし…
「よし、大体言いたいことは分かったよ。俺でよければ付き合うよ。じゃあ具体的な相談をしようよ、どうしようか?」
こうして俺は片岡と模擬デートをすることになった。