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おどる、おどる 「10」

おどる、おどる 「10」


新聞部の合宿は終わったが、まだ夏休みは半分も終わっていなかった。

翌日は一日中家にいて本を読んだり、寝転がって天井を眺めながらあれこれ考え事をして過ごした。急にいい考えが浮かぶはずもなく、休みの間に少しずつ出来ることからがんばる事にした。

両親は明日から信州に別荘を借りたから旅行に行くと言っていたが、俺は合宿に行ったばかりだし、昨年両親と伊豆に旅行に行ってつまらない思いをしたから最初から同行しない事になっていた。父親に頼んで三日分の食事代とレコードプレーヤーを買う費用として3万円を手に入れた。

翌日、俺は秋葉原まで行ってレコードプレーヤーを買った。帰りにレコード屋に寄ってあれこれLPレコードを物色して、結局吉田拓郎のアルバムを1枚買って帰った。

レコードプレーヤーとレコード1枚で3万円を使ってしまったので、これから3日間ウチにあるパンと米、卵と納豆で暮らさなければならなくなった。

帰宅すると早速プレーヤーの配線をしてレコードをかけてみた。なるほど今まで使っていたラジカセよりいい音がする。ラジオもついているが何となく良い感じがする。なによりレコードは歌詞カードを見ながら何度でも繰り返し聴くことができるのが魅力だった。

夜になって横山に電話をしてみた。「アー、横山か、元気か?泉だけど今日レコードプレーヤーを買ったんだ。なかなかいいな。お前はレコード聴くか?なんか持ってる?」

「昨日で剣道部の合宿が終わって今日だけ休みなんだ。体中痛いしフラフラに疲れたけど剣道はうまくなった実感がしてるよ。レコードなら持ってるよ。だいたい歌謡曲だけどな。兄貴がビートルズが大好きで、俺もそのせいでビートルズも何枚か持ってるよ。貸してやろうか?」

「助かるよ。まだ1枚しかレコードないんだ。明日借りに行ってもいいかな?」

「明日からまた剣道の練習だけど5時過ぎに帰るから来いよ」

「わかった。明日行くから頼むよ」

こうして俺はビートルズのレコードを借りることに成功した。今考えれば、教室で四角い紙袋をやりとりしている連中を何度か見ていた。あれはレコードの貸し借りをしていたんだと今気付いた。

弓子にも電話してみた。「あっ、オレだけどレコードプレーヤー買ったんだ。レコード聴く?何もってるの?」

「私はチャイコフスキーとかバレエ音楽がほとんどだけど、聴きたいんなら貸してあげるよー」

俺はクラシック音楽なんて聴かないから「わかった、今度貸して貰うかもしれない、ありがと」そう言って電話を切った。

翌日、横山から借りたビートルズを聴いて見た。

何度かラジオで聴いていたが、なるほど英語で歌っているが歌詞カードには訳詞も載っているのでやっとどういう意味の歌なのか分かった。

俺は少しは真面目に英語の授業を受けないと洋楽が楽しくならない、勉強しようと思った。

翌々日は自転車で図書館に行ってみた。詩集とエッセイ集を何冊も本棚から引き出して椅子に座った。1時間以上もかけてパラパラと、あるいはじっくりと読んでみたがどうもピンとこない。いきなり普段読んだ事のない詩や随筆を読んでも面白くないと思った。

結局、読み慣れたクリスティやポーのミステリー小説を3冊借りてウチに帰った。

レコードを聴きながら小説を読む。なんとなく大人っぽい感覚だと思ったが、どうもどちらか一方に気を取られてもう一方がうわのそらになってしまう。難しいがそのうち慣れるだろう。


それから3日後に夏休み中の登校日があった。

俺はホームルームが始まる前に2年生の教室に行ってみた。後の扉からそっと覗いていると見知らぬ女子から「あなた、だあれ? 2年生じゃないみたいね、誰かにご用?」

いきなり声をかけられて完全に舞い上がってしまった俺は「あのっ、いえっ、怪しいもんじゃないんですけど池口先輩いるかなーって思って、、でも、もういいです」

「あー1年生なのね、チカちゃんにご用なのね、フーンもしかしてデートのお誘い?違うか。分かった、呼んであげるからちょっと待ってね。チカちゃーん!ステキなボーイフレンドが会いにきてるよー」

大きな声で教室に向かって叫んだのでみんながこっちを見る。完全に俺は逃げられなくなった。すぐに池口さんが廊下にやって来て「あー泉君だったの、おはよう、なにかあったの?」

こうなったらもう開き直るしかない。

「おはようございます。突然すみません、実は俺、レコードプレーヤー買ったんです。もし、よかったら、いつでもいいんですけど池口さんの持ってるレコード貸してもらえないかな、と思って、、、」

「なるほどそういう事か。わかった。いいよ、貸してあげる。私LPレコード40枚位持ってるから、ウチにおいでよ。今日は昼前にみんな下校だからよければ一緒に帰ろう。それともなんか予定ある?今日はお母さんと弟がいるはずだから、いきなり来ても大丈夫よ」

こんな成り行きで俺は池口さんと一緒に帰ることになった。バスで15分、歩いて10分くらいで池口さんのウチに着いた。古い2階建てアパートの2階が池口さんの住まいでお母さんがいた。

「ただいまーお母さん、泉君って新聞部の1年生。こないだの合宿でも一緒だったの。レコード貸してあげることになったんで連れてきたの」

「突然すみません。1年の泉です。すぐに帰りますから」

「まー、そうなんだ。麦茶くらいしかないけどゆっくりしていってね」

池口さんは押し入れから段ボール箱を引っ張り出してきて「はい、これで全部よ、なにがいい?日本のフォークソングばっかりだけど?」

「あの、よく分からないんですけど池口さんのオススメがあったら、、、」

少し考えて「んー、じゃぁ、これとこれとこれ。これも貸してあげる。気に入るといいけど9月になったら一回返してね」

結局5枚も貸して貰った。思わぬ収穫に嬉しくなって急いでウチに帰った。


借りたレコードは(高石友也)(頭脳警察)(五つの赤い風船)などのアルバムだった。

歌詞カードを見ながら繰り返し聴くとやっと意味がわかった。要するに反戦とか戦争で悲惨な思いをした人々の思いとか、貧困などの社会の不公平や不平等があることの矛盾を批判する内容であふれた歌詞を歌う曲ばかりだった。

いままで聴いていた歌謡曲のように好きだとかキレイだとかと言った内容の歌とはかなり違った深い意味のある内容のある詩が多かった。

こうして夏休みの後半はほとんどウチにいてレコードを聴きながら小説を読んで過ごした。

またレコードを聴きながら真っ白いノートに漫画のような絵やイラストを描いて色鉛筆で彩色したりして過ごすうちにあっという間に夏休みが終わった。


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