表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/44

File2:微睡みの少女(2)

 深夜、まだ新しいビルは閑散とし、『テナント募集中』の張り紙だけが目立っていた。

「今回の仕事は簡単だな」

 服部は懐中電灯でノブを照らし、先がL字型の金具を突っ込んだ。

 事前に下調べは済んでいたが、新しいビルの割には単純な鍵で、セキュリティーシステムさえ働いていない。


 カチャン

「ロビンもいないしな」

 にんまりと微笑み、開いたドアの奥へと広がる闇へと向かった。

 目的地は5階、2年前に倒産した会社の社長が裏で経営している会社の事務所である。

「あれ?」

 5階にさしかかったところで、人の気配だ。

 誰もいないはずのその場所から聞こえる声は、一人や二人ではない。

 そして…。

「…この臭いは、もしかして」

 鼻をひくひくと動かし、嫌な事態が発生する予感が服部の中に過ぎる。


「きゃ〜」

 予感はその一秒後に的中した。

 女の悲鳴が聞こえたと思ったら、暗闇の向こうからこっちに向かって走ってくるではないか。

 そして、女の後ろからは数人の男が追ってくる。

 冗談。

 こっちに来るんじゃね〜よ。

 しかし、服部は女が持つ長方形の板のようなものに気付いた。

「まさか」

 微睡み(まどろみ)の少女?


 服部は何故か携帯してしまうハットリ君の面を取りだし、素早く顔を隠した。

「待て」

 と、意味のない言葉を発しながら、男達が女を追ってきた。

「待つわけないでしょ。ばっかじゃないの」

 聞き覚えのある声。

 その声の主が服部に気付いた。

「怪盗ハットリ?何でこんな所に」

 理真だ。

 後ろから追いかけてきた男達も服部に気付く。

「かいとうはっとり〜?」

「まじかよ。超ウケる〜」

「ひゃ〜ははは。こりゃ、い〜や」

 服部は冷めた目で男達を見た。

 廊下中に広がる嫌な臭いに、服部は顔をしかめた。

 マリファナだけではなく、覚せい剤の臭いも混ざっている。

「にん。にん。にんじゃーはっとりくん」

 大声で笑う男達を服部は一瞥した。

「ヤリすぎだ。てめーら。程々にしろよ。」

 半ば呆れながら無駄な事を言った。

 今の此奴らに何を言っても無駄だ。

「なにかいった?はっとりくん。ボクたち、今、さいっこ〜に、はっぴ〜なの。おんなのこも、いるし〜。いっしょに決めちゃいた〜い」

 一人の男は理真の腕をくいと引っ張った。

 その拍子に理真が抱えていた長方形のモノが落ちた。

「ねぇ。ねぇ。ハットリく〜ん。ボクたちのパーティー。邪魔してくれちゃってさっ」

 言い終わらない内に男が服部に殴りかかってきた。

 服部は難無くそれをかわし、後頭部に肘鉄をくらわした。

 理真は、始まった殴り合いを見て呆然とした。

 それはすぐに終わった。

 床に倒れ込んだ五人の男達を見下ろしていた服部の目が、理真の落としたモノに移った。


「お〜い。ど〜した?」

 異変に気付いた仲間達が、近づいてくる。

 服部は床のモノを拾い上げた。

「ちょっと。ソレ、私のだって」

 我に返った理真が叫んだ。

「誰だ?お前等、何しているんだ?」

 後から来た仲間が二人に気付く。


 服部はガラリと廊下の窓を開いた。

 仲間の内の一人が服部の持つ絵に目を止めた。

 その目は、他の男達と明らかに違う。

「ソレ、オレの絵だよ」

 取り返そうというのか、その男は走って服部に向かってくる。

「絵?んなモン。どーでもいいだろ。アキラ。」

 ラリった男が、後ろから面倒臭そうに言う。

「よくねーよ」

 アキラと呼ばれる二十歳ぐらいの男が、走り寄ってきた。

 短い髪は透き通るほどの金髪、耳には三つのリングが光る。

 外見は他の仲間と変わりないが、その目は正常である。

 服部は窓の外を見る。

「ハットリ?ここは5階よ。飛び降りる気じゃないでしょうね」

 理真は叫んだ。

 ニッコリ笑うハットリ君の面の下からはみ出る口元がにやりと笑う。

 その瞬間。


「うっそ」

 理真は窓から身を乗り出した。

 服部は隣の3階立てのビルの屋上で理真に手を振っていた。

 片手には絵を持っている。

「来いよ。受け止めてやる」

 服部の自信満々の言葉に理真は考える間もなく、跳んでいた。

「おい!」

 後ろでアキラの声が聞こえた。


 ドサッ

「重い」

 理真の体重を全身で受け止め、そのまま後ろに倒れ込んでしまったのだ。

「そんなに重いわけないでしょ」

 真っ赤になり理真は服部から離れた。

「絵、返してよ。ソレ、私のだから」

「さっきのおにいさんも同じ事言っていたよね」

「知らないわよ。そんなの。それないと、あたしんち、ホントに。ホントに、路頭に迷っちゃうんだって」

 目がマジだ。

「ひとつだけ、聞いていい?これ、“微睡み(まどろみ)の少女”?」

 理真はコックリと頷いた。

 冷たい風が、理真の長い髪を揺らした。

「ほらよ」

 ビックリした顔で、理真は放り投げられた絵を受け取った。

「これ以上、嫌われたくないしな」

「え?」

「じゃあな」

「じゃあなって、ここ3階…。また、跳びおり…」

 もう、服部の姿は消えていた。

 下の桜の木を、クッションに飛び降りたのだ。


「オレ、何やってるんだ…」

 付けていたお面を取り外し、桜の木の下を、歩きながら服部はボソリと呟いた。

 理真からはもう見えない。

「待ってくれ。ハットリだろ?頼む。返してくれ」

 アキラだ。

 後ろから息を切らしながら、訴えて来る。

 しかし、もう服部は絵を持ってはいない。

「あの女のほうか?」

 アキラが去ろうとした。

「ちょっと待てよ。あの絵はなんなんだよ」

「アンタが盗んでも仕方のない絵だよ。でも、オレにとっては大事なモノなんだ」

 そう言って、アキラは去って行った。


「どんないい女が描かれているんだか」

 服部は写真でしかその絵を見ていない。


 服部は、“微睡み(まどろみ)の少女”を見たい衝動に駆られた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ