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File1:偽りのダイアモンド(4)

「ハットリはまだか?」

 寒さに震える部下をよそに長谷川宣雄は燃えていた。

「午前零時に来るのではないでしょうか?やっぱり」

 予告状を眺めている愚かな部下を見下ろし鬼平は怒鳴った。

「くそっ。怪盗ハットリ!俺はお前を見失ったぞ。よりによって誘拐をしでかすとは。今度という今度は首洗って待っていろ!」 

コートの襟を立てながら、部下は大きな洋館を見上げた。

「今回も中に入れて貰えなかったですね」

「ふん。こんな家になんか入りたくなんかないね。こんなクソジジイとクソ女の居る家なんか」

 今回いつもの鬼平の燃え方と少し違うのを感じ、部下の一人が隣の仲間を肘でつついた。

「なんかいつもより、長谷川警部の怒り方が激しくないか?」

「何でも、ここの奥さん前科あるらしい。それも警部に逮捕されたって話だ。その奥さんと話をしてから、ずっとああだ」

「それにしても、なぜハットリはあの奥さんを誘拐しようとしているんだ?」

「だよな。金目当ての誘拐にしては無理があるしなぁ〜」

「でも、ハットリも少しはイブに働かされるこっちの身になって欲しいよな」

「まったくだ」

 そう言って彼等は星のない夜空を見上げた。

「本当に申し訳ございませんわ。私の為に」

 唐突な謝罪の声の主に、部下の二人は慌てて振り向いた。

 この館の、しかも、誘拐されようとしている女だった。

「奥さん。外に出ていいんですか?そろそろ現れますよ。怪盗ハットリが」

「そうですね。中に入りますわ」

 彼女は軽くお辞儀をして洋館の中に入っていった。

 刑事達は彼女が中に入るのを見送り囁いた。

「うわー。間近で見ると結構きれいだな。30過ぎには見えないぜ」

「うん。うん。アレ?でも、今、外から来なかったか?」

「そうだっけ?」

 とぼけた部下達である。


 パタン

 彼女は長谷川の部下の声を後ろに聴きつつ、ドアを後ろ手に閉め、ゆっくりと屋敷の中を見渡した。

 中には金田が雇った黒服のごろつき共がうようよといた。

 イヤらしい目つきの年食ったジジイが、その中から姿を現し声を掛けた。

「お前は、部屋に居ろと言っただろう!」

「そうするわ」

 くるりと後ろを向いて階段を上って行った。

「ええっと。三番目の部屋だったわね」

 中には誰もいない。

「どうやら。本物はうまく逃げ出せたようね」

 クスッとロビンは微笑んだ。

 それから、腕につけた時計を見た。

 携帯電話に繋がっているマイクに口を近づけて呟く。

「こっちは、OKよ」

 同じく携帯電話に繋がっているイヤフォンを耳にかけた。

『こっちも。今からモノをとどける』

 服部の声だ。

 この辺にはまだ警察が厳戒態勢を取っているので、少し遠くまでモノ、つまり、女を送り届ける手はずになっている。

「了解」

 ロビンは、棚にある高価そうな置き時計に目をやった。

「さん・にい・いっ」

 ボーン。ボーン。ボーン。

 一階大広間の大時計が午前零時を知らせる。

「は〜は!は!はっ!!!!さすがのハットリもこれだけのボディーガードがいては手も足もでまい」

 ドアを開けてここのジジイが、大威張りで入ってきた。

 警備は以前の倍以上に増やされていた。

 前回、偽物とは言え指輪を盗まれたのを、相当根に持っているらしい。

「“ハッタリ怪盗”め」

 ムカッ。

 ロビンはこのジジイを睨んだ。

 ジジイはイヤらしい眼をして、ロビンに近づいて来た。

 もちろん自分の奥さんだと信じて。

「お前も、もう別れるなんて言うな」

 げげげげげげ…。

 ロビンは後ずさった。

 男が汚らしい顔を近付けてきたのだ。

(や、やめて〜。わたしってば、こんな格好しているけどノーマルなんだから)

 ロビンは心で叫ぶ。

 男がグッと腕を掴んだ瞬間。

「ハットリがでたぞ〜」

 大きな声が屋敷に響き渡る。

「ウソ!」

 ロビンは思わず叫ぶと同時に、腕に掛けられた男の腕を捻って投げ飛ばした。

 あまりの速さに、男は自分が投げ飛ばされたことすら気付かぬ内に気を失っていた。

「あら、つい」

 気を失った男を見下してロビンは可愛く首を捻った。

 そして、男に駄目押しの催涙スプレーを掛けて、近くのクローゼットに押し込みながら呟く。

「何でハットリがここに戻っているのよ」

 ロビンは腕時計からここにいるはずのない服部に携帯電話で連絡を試みた。


「どこだ?どこだ?ハットリはどこいった」

 中に入れてもらえない警官達がわらわらと動いている。

 長谷川はその中の一人の襟首を掴まえ、長谷川は叫んだ。

「どっちだ」

「そ、そ、それが、その…」

 その部下はそう言って、あるモノを指差した。その先には、ハットリのトレードマークであるお面が落ちていた。

 祭りなどで見かける某テレビ番組の愛らしいお面である。


「え?オレは外だぞ」

 イヤホンから聞こえるロビンの声に耳を澄ました服部は、ついさっき、依頼人の女と別れ、一人でいた。

『じゃあ。ここにいるのは誰なの?』

 服部はイヤな予感がした。

(仲間に入れて。もう一度あの屋敷に忍び込むんでしょ)

 美雪の言葉が頭に浮かぶ。

「まさか、な…」

 とりあえず服部は屋敷へと戻った。

 警官の動きが確かに前とは違う。

 蜂の巣をつついたような大騒ぎだ。

「障らぬ神に祟りなし。ロビン。検討を祈る」

 と、服部が帰ろうとした時、後ろから聞き慣れた声がした。

「服部!」

「テツ。どうしてこんなトコロに?」

 予告状は出しているが、報道はされていない。

 今夜、ここに怪盗ハットリが現れるのを知っているのは、この館の住人と警察と怪盗ハットリだけである。

 怪盗ハットリと自分を結びつけたがるテツの煩さを思うと服部は焦った。

 しかし、落ち着いてよく見るとテツは寒いのに汗をびっしょりとかき、肩で息をしている。

「美雪が。美雪がいなくなった。ついさっき病院から電話があって」

 テツの顔は真っ青で、服部がここにいる不審さえも気付かないほどに動揺している。

「あいつは…、あいつは、長くない。絶対安静なんだ。ほんの僅かな運動でも命取りになるんだ」

 絞り出すようなテツの声。

 嘘だろ。

 あのくそ生意気なガキが、か?

 テツは、悪い夢でも見ているかのように、一人で呟いた。

「アイツ、ずっと無理して元気な振りしていたのに。オレ、全然気付かなくて」

「テツ…」

 テツの体から冷たい汗が流れ出し、震える体を鎮めようとするように両腕で自分を抱きしめた。

「もっと早く気付いていれば、助かったかも知れない。母親さえ、いればっ…」

 テツはそのまま跪き、両手で顔を隠した。

「違う。オレが悪いんだ。オレが気付いてやらなきゃ、いけなかったんだ。早く気付いていれば、間に合ったかも知れないのに。アメリカとか、どこにでも行って移植手術受けていれば助かったかも知れない!いや、チガウ!」

 テツは焦点を失った目を彷徨わせ髪を掻きむしる。

「オレは心のどこかで美雪のことが邪魔だったんだ。アイツさえいなければ、母さんが死ななかったかも知れない。アイツさえいなければもっと自由に為れたかも知れない。そして、美雪の病気が悪化したのを全て母親がいないせいにして。心の中で全部親父のせいにしてたんだ!オレが、オレがアイツを殺したんだ!」

 優等生で自信過剰なテツがギリギリで保っていた大事なモノ。

 それは妹に対する愛情。

 スキなのも本当。

 キライなのも本当。

 いて欲しいのも本当。

 いて欲しくないのも本当。

 全部本当だから苦しい。

 でも、秤に掛けて決めないで。

 全ての感情はゼロにならないから。


 服部は黙ったままテツの胸ぐらを掴むと力任せに頬を殴った。

「落ち着け。美雪は死んだわけじゃないだろう?」

 道路に倒れたテツは殴られた頬を押さえ、呆然と服部を見上げた。

 服部は視線を屋敷にチラリと投げてから、テツの腕を取り立ち上がらせた。

「父親に伝えに来たんだろう。警部は正門にいる筈だ」

「服部?」

「早く行け。まだ、間に合うさ」

 祈りのような服部の言葉を最後まで聞かずにテツは正門に走り出していた。

 服部はジーンズの後ろに突っ込んだお面を取り出し、ハットリ君を見つめた。

「全く、世話の焼けるヤツ。もう死ぬって?全然そんなの似合わねーよ。どうして命を懸けて、この屋敷にこだわるんだよ」

 服部には全て分かった。

 分かっていたけど、言わずにいられなかった。

 その問いは美雪にではなく自分への疑問だったから。

 服部は短く舌打ちし、いつもの面を掛け素早く屋敷へと忍び込んだ。

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