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File5:ホシノヒカリ(12)

 樅の木に咲く冬の花。

 それは、子供達の目を楽しませる、キラキラ光るデコレーション。

 その中を服部は持ち前の運動神経で軽々と登る。

 そして、その星に13年の時を超え、そっと手を触れた。


 その時、


「怪盗ハットリ!」

 耳に慣れた声が足下から響く。


 テツ!


 下からテツが服部を目指し上ってくる。


「『一番輝く星』それはズバリ、一番高い所にある星、つまりここだ。オレ様って超勘イイぜ。ハットリも年貢の納め時だ!」

 と、何やら聞き覚えのある叫びを意気揚々と吐きながら、一歩一歩近づいてくる。

「冗談」


 声にならない呟きを漏らした時だった。

 このツリーは当然屋上に生えているわけでなく、人が上る為に立っている訳でもない。

 二人分の体重が先に行くにつれ、ツリーはバランスを崩す


 そして、

 「うわわ〜〜」

 テツの叫びとともに、川とは反対の方へ徐々にしなる。


 服部の目にも地上十階からのアスファルトが写る。


「あっ!」

 テツからさらに上がった叫びに、服部はお面の狭い視界を星へと戻す。


 手に触れたと思った星がツリーから外れ、屋上の淵に弾けた。


 闇に広がるのは、


 星?


 二つの光の欠片、それは凍り付いて砕け散った想いなのか。

 イミテーションの星から弾き出されたのは、一対のダイヤモンドのピアスだった。

 そして、ピアスと共にケースから飛び出した一本のフィルム。

 それは、そのまま全てアスファルトへ吸い込まれた。

 瞳に放たれた輝きの余韻。

 溶けることのない想い…


 ギシッ。ギシッ。

 ツリーの軋む音は、徐々に音を強める。


 服部は宝石が消えたアスファルトに、走り寄る小さな影を見付けた。

「テツー」

 遠くから聞き覚えのある長谷川宣雄の声に、服部から溜息と共に嗤いが漏れる。


 おい、おい。長谷川オンパレードか?


「親父?…うぁっ!」


 その瞬間、テツが掴んでいた枝が折れ、テツの体がツリーから離れる。

 テツの背後に広がるのはアスファルト。


 服部は自分の足下の枝を片手で掴み、グッと押さえ、その反動を利用し、一気にテツの近くの枝へ跳躍する。

 お面は邪魔だったが、今はそれを取る余裕さえない。

 それでも、間一髪で服部はテツの腕を掴む。

 しかし、その反動は、


 バキッ。


 無情にも根元からツリーを折ってしまう。

 ツリーは音を立て傾く。

「テ、テツ!」

 ビルの下で長谷川が状況を理解し屋内へと走って入る。


 片手にテツを掴んだまま服部は咄嗟に身を捻り、ツリーを掴んでいた方の手を離しフェンスを掴む。

 かなりの衝撃が腕に走る。

 虚空に晒されたテツの体重は、引力に従い二人を闇に引きづり込もうとする。

 フェンスに掛かる手は襲撃に耐えきれず血にまみれ、金網に食い込んだ指は鈍い衝撃を伴いつつ下へ下へと引きずられる。

 ついに服部の体は屋上の淵に叩き付けられ、服部の右手に全て預けたテツの足下に、30メートルの空間が口を広げる。

「痛っつ〜」

 脇腹が熱い。

 角に押し付けられた脇腹の傷が開いたらしい。


 目の前に、雪がちらつく…


 服部の片手を必死に掴むテツの目の前が、赤く染まる。

 それは脇腹から溢れる服部の血だ。

 血を浴びたテツの顔は蒼白になる。


「ハットリ。血が…。無理するな」


 …ちらつく雪。


「じゃあ、この手、離していいか?」


 …この木の下、確かに感じた手の温もり。


「いいわけないだろ。死んでも離すな」


 言っていることが支離滅裂だ。

 クスッと服部から息が漏れる。

 激しい動きにも関わらず、ハットリ君のお面はしぶとく服部の顔を離れないでいた。

 テツはハットリが服部だと気付いているのだろうか。

 脇腹の激痛と手の痺れにぼんやりと考える。


「テツ!」


 長谷川宣雄が十階から顔を覗かせ、テツの体重が服部から彼の父親に移る。


 ハットリ君のお面が空に微笑み、空に飛んだ。

 汗にグッショリとした服部の顔が顕れる。


 服部の瞳に夜が広がる。


「服部…。お前、やっぱり…」

 夜の彼方から、テツの小さな呟きが聞こえたような気がした。


 そして、服部の体重が地球の重力の中に放たれた。

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