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File5:ホシノヒカリ(7)

 窓から広がる夜の景色はいつもと変わらない。

 遠くに見えていたツリーの光は既に夜に溶けていた。

 午前零時を回ったその時間はクリスマスイブと呼ばれる時間である。

 ロビンは自分の息の掛かった窓のガラスを細い指で撫でる。

 長い沈黙の後、老人の低い声が静かに流れた。


「分かった。ハットリの言う通りにしよう。決行はクリスマスじゃ」

 服部の話をよく聞いた上で老人は決意し、そして、黒い瞳はロビンの答えを待つ。

 ロビンの瞳は服部に向けられる。

「いいの?体は?」

 ロビンの心配は当然の物だ。

「どっちみちアルには、オレが生きていることは知られているんだ。早い方がいい」

 雲をかたどる闇は時間を掛け月の形を奪って行き、やがて空に輝く光を全て呑み込んだ。

 夜の闇は三人にも静かに影を落とす。

「分かった。私もハットリの言う通りにするわ。…ハットリ、そろそろ休んだ方がいいわ。私も今夜は帰るわ」

 そう言って二人から離れようとしたロビンを老人が呼び止めた。

「一つ、ロビンに行っておきたいことがある」

 ロビンと服部は老人の真剣な眼差しに、固唾を飲む。老人はゆっくりとロビンの足下を指差して言った。

「ストッキングが伝線しておる」



「はぁ〜」

 クリスマスイブ。

 桜田門の警視庁庁舎の六階に大きな溜息が響き渡る。

 特殊犯捜査一係の刑事達は、ぼんやりと窓の外を眺める長谷川宣雄を見てこそこそと話し始めた。

「長谷川警部。最近ずっとあの調子だな」

「あの事件から、一向にハットリから音沙汰無いもんな」

「結局、大道家の事件も解決していないし、何の手掛かりも掴め無い。あの大道虎之介に、協力を断られても仕方ないよな」

「天下の警視庁捜査一課もお手上げってか?爆破事件から公安に事件が廻ると噂があったが、どうなることやら」

「まぁ、俺としては去年みたいにクリスマスイブの夜に働くのはゴメンだからな。何も起こらないことを祈るまでさ」

「俺も〜」

 二人はすっかり腑抜けになった鬼平をもう一度見た。

 視線の先には相変わらず、ぼお〜と外を眺める長谷川宣雄がいた。


「警部宛にクリスマスカードが届いています」

 部下の一人がデスクの上にいつの間にか置かれていたカードを長谷川に渡した。

 ぼんやりとした眼のまま長谷川はカードを受け取り、裏を返す。

 裏にも送り主の名はない。

「まさか…」

 嫌な予感に声を上擦らせたのは、長谷川の部下の方だった。

 長谷川の腑抜けた顔に生気が蘇る。

 長谷川は急いで封を開ける。

「あ〜」

 長谷川の叫びに部下は一斉に長谷川を見た。

「警部。やはりハットリからですか?」

 ブルブルと長谷川の手が震えている。

「な、何故切手が張ってない…?」

 よく見れば、確かに郵便ではない。

「やだなぁ。いつものことですよ」

 ほのぼの笑う部下に長谷川の血管がプッツンと切れた。

「ばっっかも〜ん」

 その声と共にカードがびりびりと音を立てる。

「わ〜。警部。カードが!」

 虚しく部下の声が響く。



 終業式が終わり、門を出る高校生の群に服部の姿はなかった。

「テツ」

 川沿いを一人で歩くテツを呼び止めたのは理真だった。

「服部君の具合は?轢き逃げした犯人は捕まったの?」

「服部はもう大丈夫だけど。轢き逃げ犯はまだ、捕まっていないよ」

「ふぅ〜ん。何か可哀相ね。世間じゃクリスマスイブだって言うのに」

 理真の眼に遠くからでも見えるクリスマスツリーが止まる。

「懐かしい。まだ、あったんだ…」

 理真の視線をテツは追う。

 側を歩く川の上流に位置した十階建てのビルの屋上に備えられたツリーは、テツが物心付く頃から、毎年見ることが出来た。

 暫くこの土地を離れていた理真にとっては懐かしい代物である。




“DEAR 鬼平ちゃん。

  メリークリスマス!

   夜空に、一番輝く星を頂きます。

     FROM 怪盗ハットリ

       P.S. ラスト クリスマス! ”


 何とかカードを繋ぎ合わせようやく中身を読んだ長谷川が首を捻る。

「何だこりゃ?」

「イタズラでしょうか?」

 部下も小首を傾げる。

「まったく怪盗ハットリは何を考えておる!これじゃあ捕まえられんではないか!」

 いつもの場所や時間を予告していた予告状に対し、今回の意味不明な予告に長谷川はがっくり肩を落とした。

「この追伸はどういう意味でしょうか?」

「ラスト クリスマス?最後のクリスマスって…」


 理真はテツと別れ、クリスマスイブを楽しそうに歩く家族連れをぼんやりと眺めながら足を止めた。

「どうしたのですか?」

 理真は聞き覚えのある声にドキリとして振り返った。

「あ、あ、あ、アイアム…」

 突然現れたイギリス人に理真は慌てて英語で答えようとした。

 忘れもしない夏休みの補習授業が理真の脳裏に蘇る。

「あれ?日本語?」

 発音のしっかりした日本語が理真の頭の中でようやく理解された。

「久しぶりですね。リマさん」

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