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File1:偽りのダイアモンド(2)

「太一。起きなさい」

 朝の儀式。

 母の声。

「もう少し…」 

 服部太一は片腕を伸ばし目覚まし時計を掴んだ。7時…。2時間しか寝てない。

「太一。いつまで寝ているの?遅刻するわよ」

 目を擦りながら階段を降りると、父が新聞を読んでいた。

 息子に気づくと新聞から目を離して言った。

「受験勉強のしすぎじゃないのか。あんまり無理するんじゃないぞ」

「うん」

「高校なんて別にどこでもいいだろう。学歴が欲しいなら、高校生になってから大学受験で頑張ればいい」

「お父さん。受験生のやる気無くすような事言わないでよ」

「ははは。そりゃそうだ」

 服部は父の笑い声を耳に聴きながら、ふとその手元の新聞に目が行く。

『怪盗ハットリ。またまた現る』

「全く人騒がせな泥棒だな。しかし、実に痛快だ。太一もこのぐらい大物になれよ」

「彼は犯罪者だよ。僕が捕まってもいいの?」

「そりゃ、困る」

 父の笑う顔が好きだと思う。

「ほらほら。早くしないと遅れるわよ」

 母の優しい声が好きだと思う。

 だから、嘘が少し痛い。


 自分が何者なのか知りたかった。

「よう。服部太一」

 弁当を食べ終わった頃、人の名をフルネームで呼ぶ声に振り返り、服部は顔を隠すように掛けていた眼鏡に手を掛けた。

「おはよう。テツ」

 中学に入学した時から、出席番号が近いせいで、腐れ縁というべきやっかいな仲の長谷川鉄郎は全くうざったい奴である。

 その彼が午後からの御登校である。

 服部は前の席に腰を下ろしたテツを見て、物珍しそうに訊いた。

「何かあったの?」

 日本が沈没しようと、コイツが学校をさぼる事はあり得ないだろうとの確信は、今日崩された。

「あぁ、ちょっとな」

 テツはほんの一瞬だけ翳った顔を見せた。

 が、すぐにいつもの奴に戻った。

 後ろで女子が、ある噂話を始めたからだ。

「ねえ。また、『ハットリ』出たね」

「テレビ見た。見た。マジかっこいいよねー。正体不明っていうのが、またいいよね」

「うん。うん。警察、なめているトコロとかね」

「でも、案外ブッサイクな奴だったりして」

「そんなことないよ。絶対かっこいいって」

 テツの眼がキラリと光った。

 服部は嫌な予感がして、後ずさりしてしまう。

 テツがいつものテツに戻っている。

「ところで、服部。お前、昨夜、深夜十二時、何していた?」

 出た!

「家で寝ていたよ」

 半ば諦めたように答えてやった。

「それを証明する者はいるのか?」

「親…」

「両親は本当にお前が寝ているのを見ていたのか?」

「お前なぁ〜。中学生で睡眠中の証人がいる方がやばくない?いろんな意味でさ」

 なんて、言っている服部を完全に無視し、テツが人差し指で真っ直ぐ服部を差す。

「怪盗ハットリはお前だ」

鬼平ジュニア。

 つまり、長谷川宣雄警部の息子殿は勝ち誇ったように言う。

「名前が一緒なだけで、人をドロボー扱いしないでよ」

「いいや。オレには確たる自信がある」

「何だよ。それは?」

「名前が一緒だ」

「人の話聞いている?」

 三年生になり野球部を引退し、ようやく伸びかけた角刈りの頭の中は、いったいどうなっているのだ…

「まだ、ある…」

 その続きは、午後の授業が始まるチャイムに遮られた。

 自分の正体?

 オレは服部太一。

 そして、怪盗ハットリである。そんなこと、わっかてる。

 オレが知りたいのは…


 午後の授業も終わり、帰る準備をしていると、テツが大真面目な顔で近づいてきた。

「服部。つきあってくれ」

 とうとう壊れたか。

「嫌だ。僕にはそんな趣味はない」

「オレは真剣に言っているんだ」

「僕も真剣に嫌だ」

「病院についてきてほしい」

「病院…。そうか。確かに早めに診て貰った方がいいよ」

「行ってくれるか?」

「そう言う事なら早いほうがいい。これ以上ひどくなる前に」

「そうか。よかった。妹も喜んでくれる」

「妹?」

「妹がお前に会いたいって」

「え?何で?診て貰うのは、テツの方だろ?」

「何、言っているんだよ。何でオレが…」

 テツに思いっきりどつかれ、服部は無理矢理病院に向う羽目となった。

「わがまま一つ言わないデキた妹だけど、今日の朝、見舞いに言ったら、妹がお前に会いたいって急に言いだしたんだ」

「何でだよ」

「今朝、オレ達の修学旅行の写真見せてやったんだ。それで、その写真の服部見て、絶対逢いたいって言い出して…。もうすぐ妹の誕生日なんだよね。」

「僕ってかっこいい?」

 今まで一目惚れされた記憶はない。

 冗談で言ったつもりの質問にテツは足を止めた。

「ソレ、伊達眼鏡だろ。それにテストや体力測定でも、いつも何でも手ェ抜いてるだろ」

 知っていたのか。

「普通の奴にはわからないだろうけど、オレから見れば、充分怪しいんだよ。お前は」

 服部はクスッと笑った。

「気のせいだよ」

 なるほどね。

 それがオレを怪盗ハットリと思うワケね。

 やっぱり、テツは面白いヤツだ。


 病院内の小児科は、子供達の笑い声と泣き声に満ちていた。

「美雪。連れてきたぞ」

 テツは妹に服部を紹介した。

 その瞬間、服部は言葉を失った。

 もちろん、テツは気づかなかったが。

「はじめまして」

 長谷川鉄郎の妹、美雪は丁寧に挨拶をした。

「はじめまして」

 服部もニッコリと返す。

 昨夜を思い出させるような丁寧な挨拶。

 何が『はじめまして』だ。

 コイツとはアソコで会っている。

 あの屋敷の裏でぶつっかったのは、美雪だ。

 間違いない。

 だから、オレに会いたいと言ったのか?

「うれしい〜。服部君だ〜」

 まだ7〜8歳でおさげ髪の美雪は、服部の事を知ってか知らずか、大袈裟な程、はしゃいでいる。

 多少顔色が悪いようだが、無邪気に喜んでいる美雪には病気の陰が見られなかった。

 ベッドのそばにある重々しい機械は今は動いていない。

 二人部屋の隣のベッドは使われてはいないようである。

 壁は騒々しいほどに子供向けのキャラクターで飾られているが、この部屋に一人は淋しいだろう。

 美雪の笑顔にテツもつられて微笑んだ。

「のど乾いただろう?オレ、ちょっと飲み物でも買ってくるよ」

 テツは部屋から出た。

 それを見届けた美雪は、さっきの可愛い妹から一変、ふてぶてしい表情を見せ、ニタリと笑う。 

「昨夜は、どーも」

 美雪はゆっくりと語気を強め言った。

 小学生とは思えぬ豹変ぶりにも、服部は笑顔を崩さず答える。

「昨夜って、何かな?」

「私も、仲間に入れて欲しいの」

 仲間ァ?

 想定外の言葉にさすがの服部も一瞬言葉を失った。

 このくそガキは!

 と思いつつも、あくまでも子供に話しかけるように優しく問いかける。

「仲間って、お友達ってことかな?」

「あんたと友達になる気なんてないから」

 冷ややかに美雪は言い放つ。

 服部はこのウルトラスーパー二重人格娘に開いた口が塞がらない。

 そして、美雪は付け加えた。

「昨夜の仕事、失敗でしょ。偽物の指輪盗んだでしょ」

 失敗ではないが偽物だったのは本当である。

 服部は美雪の真意を測りかねた。

 からかっているようにも思えない。

 それより、何故、入院している美雪があの屋敷の裏に夜にいたのか。

 しかし、それを確かめるわけにはいかない。怪盗ハットリと認めることになる。

「やっぱり、テツの妹だな。僕を『怪盗ハットリ』だと言いたいんだろう?」

 怪盗ハットリが偽物の指輪を盗んだ事は新聞でもテレビでも知る事が出来た。

「私はお父さんともお兄ちゃんとも違う。私って言う証人もいるしね」

「証人ってなんの?」

「もう!とぼけないでよ!お願い。仲間に入れてよ。またあの屋敷に忍び込むんでしょ」

 やけに必死になる美雪に少し戸惑いながらも服部はやっぱりとぼけた。

「ごめん、遅くなって…」

 テツの声に美雪はハッとして振り向き、すぐに元の可愛い妹に戻った。

「ありがとー。お兄ちゃん」

 全て秘密らしい。

 可愛くジュースを受け取る美雪を服部は釈然としない様子でみつめた。

 全くこの家族とは本当に縁がある。

 服部は心の中で深い溜息を吐いた。


 服部と兄のテツが帰り、美雪はひとり冷たい風が吹いているであろう外を眺めた。

 ガラリとドアが引く音とともに元気な声が聞こえた。

「美雪お姉ちゃん。はい、これ!」

 隣の病室の男の子が、美雪のベッドに走りより、小さな袋を差し出した。

「何?これ」

 首を傾げながら、袋を逆さに振ると美雪の小さな手に指輪が一つ転がった。

「変なおじいちゃんが美雪お姉ちゃんに、って。それからね。ボクね、今日、退院だよ。ママが向かいに来てくれるんだ」

「よかったね。たっちゃん、頑張ったモンね」

「あ。ママだ。じゃあね。バイバイ」

 嬉しそうに母親に走り寄る男の子に、美雪は淋しそうに手を振った。

 風の音が美雪の耳を掠り、指輪をグッと握り締めた。


 時を遡ること二週間前。

 クリスマスの飾り付けに賑わい始めた町中に、初雪がフワリフワリと舞い始めた。

 その中を、赤いダッフルコートに身を包んだお下げ髪の少女が、白い息を弾ませながら走っている。

 お目当ての人を見つけ、少女は近づいた。

「ねえ。おじいちゃんは占い師でしょ。ちょっと捜し物してるんだけどさ。そういうのも分かんの」

「もちろんだよ」

 手相見のじいさんは前に乗り出し、にっこり笑って答えた。

 小さな商店街の一角、墨で書かれた手相図の横にゆったりと座っているじいさんは水戸黄門を思い出される容姿だ。

「何か探して欲しい物があるのかね」

「うん」

 少女はポケットから一枚の写真を取り出す。

「これを捜して欲しいの」


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