File4:LAST PRESENT(7)
二人は階下へ行く程増す煙に身をかがめ、ようやく一階の厨房へと辿り着いた。
爆弾はコンロ下のガス管の側に、あっさりと見付ける事が出来た。
「この振動にも耐えられるなら、震撼装置は付いていないだろう」
そう言って、虎之介は明らかに不自然な箱を引っぱり出し、爆弾の蓋を開けるため慎重にドライバーを回し始める。
「ロビン。コレは偽ハットリがしたのか?それとも経済界をひっくり返そうっていうバカなテロリストか?それか、大道虎之介に怨みを持つモノの犯行って所か?」
「偽ハットリはさっきの女の子だ。それから、この家を吹っ飛ばしたところで経済界なんかひっくり返らない。だが、大道虎之介に恨みを持つ者なんていちいち覚えてない」
虎之介はそう言いながらゆっくりと蓋を持ち上げた。
「理真が偽ハットリ?」
その質問は、蓋を持ったままその中身に顔を強ばらせた虎之介の耳に届かなかった。
虎之介の視線を追い、服部も一緒に爆弾を覗き込んだ。
「この爆弾…」
「ふざけた爆弾だが、コレはオレには解体不可能だ。複雑すぎる」
「…こんなふざけたことをするヤツを一人知っている。アルだ…。アルのしそうなことだ」
『TRICK OR TREAT』と書かれたカードがプラスティック爆薬の上に添えられ、解体をより不可能にする為の囮回路は様々な色に色づけされている。
まるで華やかなプレゼントだ。
「液体窒素ってある?」
「あったら使っている」
「粉砕機は?」
「…解体は不可能なのか?」
「時間は?」
汗が服部の額を伝う。
虎之介は腕時計をカウント仕始める。
「30秒。29,28,にじゅう…」
「無理だ」
そう言いつつも、服部はドライバーを握りしめた。
もう、やるしかなかった。
燃えさかる炎を愛おしそうに眺める双眼鏡のレンズが月明かりにキラリと光る。
そのビルの屋上からは大道家がハッキリと見える。
日本の細い月の下、イギリス人がクスリと微笑む。
「どうする?タイチ」
燃えさかる炎の美しさに月の冷たい光が花を添える。
「そこまでだ。アル」
アルは肩をすくめ振り返る。
そこには、自分に標準を合わせ、月よりもさらに冷たい光を放つ一人の老人が立っていた。
「あなたに僕が撃てるのですか?」
「お前を育てたワシだから、撃てる」
「ソウですね。残酷なあなたなら、撃てるでしょう。ほら、見て下さい。あなたが僕に作り方を教えてくれた楽しいけど捻くれものの破壊者が、タイチを困らせている」
アルは楽しそうに笑った。
タイマーの下にあるパネルから出ているコードを服部は注意深く切る。
「クソッ。これ、ラジコン飛行機の部品だ」
「つまり、これには、タイマーの他に遠隔装置も付いているのか?17、16、15…」
虎之介は正確にカウントしていく。
服部を嘲笑うかのように組み立てられたアルの爆弾から、服部は苦渋に満ちた顔で信管を捜す。
信管に繋がる線は、青、黄色、赤。
「どれだ」
恐らく二本は起爆線。
一本は絶縁だ。
青か?
いや、信号機じゃないんだ!
アルがそんな簡単なヒントをオレに出すわけがない。
ヒント?
そうか!
アルはオレに何かヒントを与えているはずだ。
だが、
「わからん。逃げろよ。ロビン。オレはお前と心中なんてゴメンだ。ロビンと心中なんて、コメディーにしかならん」
「酷いな。ハットリを残して逃げられるわけがないでしょう?ここが私の家なのに…。10,9,8」
ロビンの声で虎之介は、静かに呟いた。
「え?私の家って?」
コードに添えたペンチが一瞬止まる。
半ば諦めたようなロビンの声で、虎之助はふざけたセリフを吐いた。
「ハットリはそんなに私との縁を切りたいの?私達、赤い糸で結ばれていると思ったのに」
「え?」
老人は冷静にアルに語りかける。
「お前の事だ。遠隔操作も可能じゃろう?今すぐ止めろ。アル」
銃を持つ老人の哀れみにも似た目をアルはジッと見つめた。
ロビンは時計に視線を戻す。
「おっと、3,2,1…」
「赤い糸か」
虎之介のカウントが響く。
「ゼロ…」
「タイチは僕との赤い糸を切ったようです。相変わらず、記憶力がいい。夏に交わした僕との会話を覚えていたようだ」
双眼鏡をゆっくりと降ろす。
顕れたアルの青い瞳に冷たい月が翳る。
そして、出口に向かうドアへと足を進めた。
「これで遊びは終わりです。これからが本当のショーの始まりです。ミスター」
バタン
ドアが閉まり、老人が一人残される。
冷たい秋の風が冬を予感させる。
「警部。何とか助かりましたね」
腕時計に目をやり部下が長谷川に尋ねた。
長谷川は部下を無視し、一人唸る。
「この騒ぎは、怪盗ハットリの仕業なのか?」
長谷川の目にようやく到着した爆弾処理班と消防車の赤いランプが光った。
「助かったのか?」
服部は肩を撫で下ろし、ロビンに訊いた。
虎之介はネクタイを緩めてから、スーツの内ポケットから煙草を取りだし火を付けた。
周りからは未だに火が迫っている。
「…みたいだな」
煙草の煙はゆっくりと周りにくすぶる煙と同化した。
ロビンの口から吹き出る煙を見ながら服部は思いだしたように訊いた。
「遺言状はどうなったんだ。ロビンの…、虎之介の父親の遺言状は…」
今回の全ての発端である。
虎之介は煙を吐き出してから答えた。
「さぁ。今頃、燃えてるんじゃねえのか?」
どうでもよさそうに、虎之介は燃え続ける自分の家を眺めた。
服部と別れ、虎之介は屋敷から出た。
「虎之介様。ご無事でしたか」
騒ぎに揉まれて先に外へ避難していた小柴が、息せき切って虎之介に近付いてくる。
虎之介は僅かに焦げ付いたスーツを叩き、焼けた屋敷に目を送る。
「父さんの具合は?」
淡々とした口調で虎之介は訊く。
小柴は何も言わず溜息を吐く。
『相変わらず、眠ったままです』と吐いた溜息から聞こえる。
虎之介は目を屋敷に向けたまま僅かに顔を綻ばせる。
「今日はなかなかいい趣向だったな。…派手なハロウィンパーティーに、父の嫌っていた先代好みの純日本邸の破壊。私は随分親孝行だと思わないか?小柴。まぁ、ここに本人が居ないのは残念だが」
屋敷から吐き出される燻った匂いが、煙草に手を伸ばした虎之介にまとわり付く。
「テツ。起きろ。朝だ」
テツは頭を抱えながら、目を開けた。
「痛ッつー。ん?ここは?」
「何言ってるんだよ。テツの家だよ。昨日の事覚えていないの?」
服部は溜息を吐いて答える。
「オレ、どうしたんだ?」
「酔っぱらって、僕がここまで運んだんだよ」
テツは頭を抱えながら昨夜のことを思い出そうとした。
「オレンジジュースで酔ったのか?」
もちろん、唯のオレンジジュースではない。
ウォッカと睡眠薬入りである。
「他の人達、どこか行っちゃたから僕一人でここまで運んできたんだよ」
怨みがましそうに服部はテツを見た。
「本当に?」
テツの真剣な眼差しにほんの少し罪悪感を覚えたが、とりあえず頷くしかなかった。
「アレ?あの衣装は?」
焦げた後や破れた忍者の衣装を着たままでいられるワケがなく服部は処分していた。
「酔っぱらいに、べっとりとお酒だのなんだので汚されたから捨てたよ」
罪悪感を感じつつも、また嘘を付く。
「テツ。帰っているのか?」
大きな声が玄関から聞こえる。
長谷川警部、テツの父親だ。
どたどたと足音が聞こえたと思ったら、すぐそこに来ていた。
「親父」
頭を抱えながら、テツは顔を上げる。
「怪盗ハットリは捕まったのか?」
長谷川宣雄は何も答えず、やかんを火に掛け、テレビのスイッチを付けた。
「テツ、これからまだ仕事がある。夕飯はいらないから用意しなくていいぞ」
テレビのニュースは昨夜の大道家の爆発騒ぎを伝えている。
「また、逃げられたのか」
つまらなそうにテツは呟き、服部をチラリと見て息を吐いた。
長谷川宣雄は何も答えず、一気に自分で用意したお茶漬けを頬張った。
10秒で空になった茶碗を置き、独り言のように呟いた。
「オレはハットリを少し買い被っていたようだ。アイツは確かに人の物を盗むが、何故か憎めないというか、悪いヤツじゃないような気がしていた。だが、はっきりしたよ」
服部は黙って、長谷川宣雄を見ていた。
「今回の事件で幸い死者は出なかったが、一歩間違えれば、多くの人の命を奪う結果になりかねなかった。アイツは犯罪者だ。そんな事は分かっていたのに、オレは何故かヤツが好きだったよ」
「親父…」
「怪盗ハットリはオレが必ず捕まえる。アイツは最低な犯罪者だ」
最低な犯罪者。
心臓を素手で握りつぶされたような痛みを服部は感じていた。