File4:LAST PRESENT(3)
「何ですって!お姉ちゃんがこの予告状を出したの?!」
「そうよ。ちなみに盗むのは、アンタよ」
「どうして?」
「当たり前でしょ。麻美が頭脳プレーだとしたら、理真は肉体派なんだから」
「にく…」
理真は返す言葉がなかった。
確かにその通りだ。
表に立ち仕事を取り、指示を与える姉。
情報収集や計画のアイデアを出す妹。
理真は体を使い計画を実行するしか出来ない。
「いいじゃない。キャッツ何とか…に出てくる、次女の主人公みたいじゃないのよ」
絵里は変な慰め方をした。
「どうして遺言状なの?」
どうせろくな理由でないと知りつつ理真は絵里に訊く。絵里は簡単に理真に説明した。
「傾き掛けた貿易会社の社長である栗原に大道グループの弟、大道健次郎を近付けたのよ。今の栗原は昔と違って御しやすくて、見事に私のシナリオ通りに動いてくれるわ」
「そんなに弱った人から、お金取っているの」
「何甘い事言っているの。仕事は仕事。その金額に見合う働きをしてきたわ」
絵里なりに哲学があるらしい。
確かに、絵里は栗原に霊視と偽り、会社建て直しの為の情報をかなり与えていた。
その辺の経営コンサルタントより遥かにマシな働きだと自負している。
「大道グループ会長の弟は、…弟と言っても義理の弟。もっとも現会長のほうが、大道グループ先代の長女へ婿入りした他人。本当の血筋で言えば、その義弟の方が正式な跡取りだったのだろうけど。しかし、先代は現会長の経営の才能にほれ込み、長女と結婚させ、婿入りさせたの。まぁ、先代も後継ぎとして諦めるほど、その弟は凡才だった」
絵真はゆっくり息継ぎをして話を進めた。
「去年の夏、大道ホールディングス代表取締役社長に、その会長の一人息子が就任したのは、知ってる?」
「…知っているわけないでしょ」
「大道虎之介よ。めちゃめちゃ頭の切れる男で、グループ内の組織を整理し始めたの。そこに、負債を抱え込んだ自分の叔父が社長をする子会社が目に付いた。叔父は自分の甥から引責辞任を迫られた。さらに、大道家の財産問題があるわ。大道家は戦前から続く由緒正しい財閥の一つよ。その総資産額は天文学的数字だと、言われているわ。大道家では慣例によってその全財産を頭首が管理することになっている。大道家の人間は多額の資産を所有していても自分ではその財産を勝手には処分できないの」
「つまり、大道家の頭首であるその会長は、その天文学的数字の財産の権力を独り占めしているってこと?」
「そういうこと。あらゆる方面に顔が効くから、誰も彼には逆らえないわ。でも、さっきも説明したけど、所詮、現会長は血のつながらないよそ者。それで、先代は死の間際に、現会長に約束させたの」
「何を?」
「大道の血の繋がりがない人間を次期頭首に選ばないことを。大道虎之助は現会長愛人の子供。大道家の血は入っていない」
「じゃあ、虎之助は後継ぎにはなれないの?」
「結局、そんな約束は無意味なの。虎之助は実子として戸籍に入っているし、それに関して法的に覆せるのは本人か親だけよ。とはいえ、大道家の中には疎ましく思う者もいるってこと」
「それで、どうして私が遺言状を盗まなきゃいけないのよ」
なかなか結論が見えない理麻はいらだった。
「だから、虎之助を後継ぎにすることを条件に義理の弟に財産を譲ることを約束したの。それで大道家の人間たちを納得させたわ。そして、それは、遺言状に書かれているの。現会長の死によって弟に財産が入るの!」
「もっとわかんない。だったら、どうして遺言状を盗むの?」
「財産の管理は頭首の仕事で、簡単には勝手に処分できないようになっているけど、所有権はそれぞれにあるわ」
「で?」
「…約束をした財産を素直に義弟に譲ると、おバカな義弟が何をするかわからないと、現会長が考え直して、遺言状を書きなおした。…って噂が流れたの」
「あくまでも噂よ。でも、その新しい遺言状があれば、そっちが正式な遺言状と認められるわ。だから、その新しい遺言状を盗むのよ」
「でも、遺言状なんて盗まれても、また書き直せば済むことじゃない。入院したって死ぬわけじゃないでしょう?」
「ところが、麻美が調べた処では、会長は意識不明の重体よ。遺言状なんて書き直せるような状態じゃないわ。つまり、新しい遺言状が無くなれば、古い遺言状が効力を持つ」
「でも、その弟に財産残さないってその新しい遺言書に本当に書いてあるかどうかって単なる噂だよね?」
「内容までは、確かめようがないけど、新しい遺言状が存在するのは間違いない。でも、死んで、開けて確かめてからじゃ遅いの。最初の遺言状は、大道家の顧問弁護士が持っているけど、新しい遺言状の在処はわかってないわ」
理真は気が進まない顔である。
問題はそれだけじゃない。
何よりの問題は、
「どうして怪盗ハットリの名を使うのよ」
「理真は本当に頭悪いわね。ただ遺言状が無くなるよりも、そっちの方が世間も警察も納得するでしょう。怪盗ハットリは毎回毎回、意味不明でつまらないモノ盗むから、遺言状なんて盗んでもおかしくないのよ。それに、遺言状の場所が分からないから、警察が動けば分かるでしょう」
以前、怪盗ハットリと思われる人物にマルチャンを破壊され、あまり乗り気でない麻美が絵里に呟く。
「でも、怪盗ハットリの名を使い、本物が黙っているでしょうか」
その瞬間、理真の瞳が輝いた。
「やる。私、やる」