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File3:永遠の瞳(1)

 印象的な瞳だった。

 その瞳は褪せることなく、今でも、そしてこれからも永遠に輝くだろう。


 一年前の夏。

 楽しそうに走り行く子供達、買い物カゴをぶら下げ主婦達の長話は尽きない。

 その商店街の遙か上空は真っ青な空が広がっている。

 町を歩く人々の汗は、蝉の声にさらに暑苦しさを増す。

「見てよ」

 その強気な声に、商店街の片隅にゆったりと腰を下ろしていた老人の手相見は、涼しげな顔を上げた。

 そこには一人の女子校生が、右手を差し出している。

 日サロに焼けた女子校生は、近くの工業高校の限界まで短くした制服のスカートを翻し、真夏には蒸れそうなルーズソックスをだぶつかせている。

 肩より少し長い髪は先に行くほど茶色く日に輝き、根元からはオリジナルの黒い髪が伸びていた。

 まさに“女子校生”と言う寿命三年の生き物だ。

 老人は使い古された虫眼鏡を取りだし、安物のアクセサリーで飾られた手首から伸びる掌をじっくりと見た。


「ほほう。これは随分長い生命線ですな」

 ピクリとその小指が動いた。

 手相見はニッコリと微笑みその手の持ち主を見上げ、言葉を続けた。

「ですが、お嬢さんの命は後一年です。」

 女子校生は、ニッコリと微笑む手相見を暫くじっと見てから、その綺麗な瞳を輝かせた。

「気に入った。じいさん。どこで見て貰っても、この生命線を見て長生きするとぬかしやがる。さっきの女霊媒師なんか百歳まで生きると言い切りやがった」

 白い顎髭を持つ老人の手相見はクスッと笑って言った。

「長生きしますよ。その綺麗な瞳だけは」


 思い出すのは、子供達のはしゃぐ声。

 おばさん達の長話。

 蝉の泣き声。

 そして、その印象的な瞳。



「目?」

 服部はぱちくりと瞬きを繰り返した。

 老人はいつもの笑顔を崩さない。

「目なんて殺さないと盗めないだろ?冗談きついぜ」

「何かあるのでしょう」

 ソファに座っていたロビンがたばこに火を付け、ゆっくりと吸い始めた。

「じいさんは、いつも説明が足らないんだよ」

「それはお前自身が見つけるのじゃ」

「はぁ?意味わかんねぇ?」

 窓の外には、真っ青な空が広がっている。



「きゃ〜。テツ君だ」

 黄色い声の女の子達がテツを見て騒いだ。

 テツは嬉しそうに手を振った。

「すごいね。テツ。さすがにあの弱小野球チームを準決勝まで一人で持っていっただけあるなぁ〜」

 服部は今や学校中の有名人になったテツを感心しながら眺めた。

「すごくねぇよ。甲子園いけなかったからな」

 テツは残念そうだったが、あの万年一回戦負けチームをあそこまで勝たせただけでもすごいことだ。

 服部はつくづくテツの根性に頭が下がる思いがした。

「それにしても、服部、英語の補習だって?」

「期末テスト赤点だった…」

 英語の答案用紙を眺める服部は、深い溜息を漏らしていた。

 テストはいつも平均点狙いで回答してきたが、期末テストの前日に仕事をしていたため迂闊にも、テストの途中、居眠りをしてしまったのだ。

「ついてないな」

 そして、もう一人。


「理真お姉さま。現在完了と過去完了とは違います。現在完了は現在も続く結果、経験、継続を表しています。過去を基準として…」

「あ〜。もういいわよ。麻美。分かんないものは分かんないの」

 理真は参考書を忌々しげに閉じた。

「補習は決まっているんだもん。もう手遅れだよ」

「全く理真は夏休みだというのに!アンタには仕事があるのよ。呑気に補習なんてしている場合じゃないのよ!」

 手前にある書類をてきぱきと片づけながら、絵里は理真に言った。

 麻美は小さな首を傾げ、理真を見遣る。

「でも、どうして理真お姉さまは他の教科は決して悪くないのに、英語だけはできないのかしら」

「英語って理論的なようで、そうでなくて。記憶力も必要だし。例外はあるし」

「でも、私は、英語は日本語よりも遙かに簡単な言語だと思いますわ」

 嫌味の欠片もない表情で麻美は言ってのけ、理真は唸る。

「さてと。私は仕事に行って来るから、麻美は続けて栗原の調査を続けて頂戴ね」

 黒装束に身を包んだ絵里の言葉に、麻美は渋い顔をした。

 服部にマルチャンを破壊されて以来、麻美は外に出向く仕事を任されることが多くなった。

 麻美は外が苦手だ。

 霊媒師の仕事は、主に顧客先に出向く出張という形をとっている。

 お客は、ほとんどが常連客である。


 事務所を出た絵里はエレベーターのボタンを押した。

 ガーガガタン

 さび付いたエレベーターはそれでも、ちゃんと開いた。

「あら」

 上から下りてきたエレベーターには先客がいた。

「こんにちは。占い師さん」

 絵里はにこやかに挨拶をし、エレベーターに乗り込んだ。

 相手もにこやかに答える。

「これは、これは三階の霊媒師さんではありませんか。最近は商売繁盛らしいですね。かなりの腕前との噂だ」

「いえ。そんな」

「そんな謙遜なさらなくても。客はほとんどが上客の固定客。完全予約制の完璧な仕事」

 相手の言葉に、黒い衣装の隙間から絵里は意味深に問う。

「何が言いたいのかしら」

「いえ、いえ。いい仕事だと。本当に素晴らしいですよ。完璧なリサーチなくてはああは行きませんから。たまにミスられるのも、ご愛敬ですな。ほ、ほ、ほ」

「あら。お宅ほどではありませんわ」

 真夏に全身を黒で身を包んでいる絵里は不快な笑みを漏らした。


 チン

 電子レンジのような音を立ててエレベーターがぐらりと止まる。

 湿っぽいビルの中から昼間の強い日差しへと移行した霊媒師は、軽く会釈し先へと急いだ。

 年老いた漆黒の瞳は、その後ろ姿を僅かに追った。

 それは、偶然だった。

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