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File2:微睡みの少女(5)

 調度コレクターの家の玄関の扉を閉めたロビンは足を止めた。

 ロビンも小型のイヤホンを付けている。

「どういうこと?」

 小声で訊く。

『そう言うことだよ』

 そうだ、あのじいさんは何も本物だと言っていない。

 あのビルの場所を教え、桜に映える美しい少女の絵と言っていただけ。


 ガタン

 玄関の扉が開く音にロビンは振り返った。

 先ほどお茶を出してくれた中年の家政婦が顔を覗かせていた。

「あの〜。刑事さんは絵をお探しになっているとか」

「はい。そうですが」

「今朝、旦那様に絵を捨てるように、頼まれたのですが、その絵の事でしょうか?」

「何かご存じなのですか」

「えっと、あの、私の弟が絵画教室に通うほど、絵が好きで、それで捨てないで今朝そのまま弟にあげたのですよ」

 家政婦はおずおずと答えた。

「弟さんは、今どこにいらっしゃいます?」


「おい。ねえぞ、どこにも」

 服部は小型マイクに向かってロビンに話しかける。

 家政婦の弟のアトリエはピカソとゴッホとルノワールと手塚治虫が混ざったような絵が無秩序に置かれていた。

『今、家政婦の弟に確かめたわ』

 二手に分かれ、ロビンは弟の居場所を捜していた。

 家政婦から聞いた自宅には、絵も本人も見あたらなかったのだ。

「で、どこだ?」

 マイクの向こうのロビンに尋ねる。

『絵画教室の先生に渡したらしいわ。とりあえず、服部はその絵画教室に向かって』

「ずいぶんと忙しい“微睡み(まどろみ)の少女”だな」

 服部はロビンから借りたバイクに跨ると、グッと右手に力を込めた。

 ロビンの愛車SRはさらに激しさを増す嵐の中、走る。


 ロビンが絵画教室の先生を見つけたのは、午後9時近かった。

 居酒屋から出てきたばかりのその男は、ほろ酔い気分で答えた。

「絵?もほろみのほーほ?」

「“微睡み(まどろみ)の少女”です」

「“まぁ、トロ身の処女”?」

「“微睡み(まどろみ)の少女”です」

 鬼平の変装したままのロビンは辛抱強く繰り返した。

「あー。池畑正太郎氏の?ヒック。彼の絵には愛があります。力強い筆のタッチから漲る生命力。ヒック。そして、繊細な色使いからは、対象物への愛情が感じられ…」

『おい。ロビン。いつまで酔っぱらいの戯言聴いているんだよ』

 イヤホンから服部の声が響く。

 目の前では酔っぱらいがいまだに池畑正太郎の絵の素晴らしさを説いている。絵画教室は空振りだったのだ。

 手がかりはこの酔っぱらいだけ。

 ロビンは溜息を吐いて質問を繰り返した。

「絵画教室の生徒さんから絵を頂きませんでしたか。“微睡み(まどろみ)の少女”によく似た絵を」

「“アドレナリンのホモ”?はて?知りませんな。ヒック」

『だめだ。こりゃ…』

 服部の溜息がイヤホンから聞こえる。

「ですから、今朝…」

「いや〜〜、“微睡み(まどろみ)の少女”は、すんばらしぃ〜、ヒック…」

 突然、目を輝かせ話し始めた酔っ払いに鬼平姿のロビンは目を点にする。

「え?ご存じですか?“微睡み(まどろみ)の少女”を…」

『さすが酔っぱらい…。話を聞いてない』 

 服部はイヤホンから、酒の臭いがしたように顔をしかめた。

「ヒック…で、…アドレナリンをお探しですか?ヒック」

 服部はバイクに跨り、嵐にさらされながらこの間抜けな会話に耳を傾けなければならなかった。

「だからですね……」

「そう。そう。今朝、生徒さんからもらった“微睡み(まどろみ)の少女”のオマージュもすんばらしかった…」

「オマージュ!」

『オマージュ!』

 二人は声をそろえた。

 作品へ敬意をこめたパクリ作品。それが、オマージュだ。

 ロビンはようやくたどり着いた言葉に続いてせかすように尋ねた。

「今、その絵は?」

「さっきから、何を言っているんですか。長谷川さん。…ヒック。今日は非番でしょう。午後の絵画教室の時、気に入ったから欲しいって。…ヒック。あなたにあげたでしょう」



 嵐はさらに激しさを増す。

「厳しい冗談だ。あの鬼平が絵画教室だって?しかも、奴が絵を持っているとは…。あの絵画教室の先生が酔っ払いで助かったぜ。……ロビン、お前さっきから、何書いているんだ?」

 すっかり美女に戻ったロビンは車を止め、何かを書いていた。

 服部は窓の外から運転席のロビンに近づき、ソレを見た。


“DEAR 鬼平ちゃん

   午前零時に“微睡み(まどろみ)の少女”を

   頂きに参ります。

        FROM 怪盗ハットリ”


「でっきた」

 ニッコリとロビンは笑った。

 服部は頭を抱えた。

「ハットリ君の出番作ってあげたの」

 ロビンはウインクした。無駄にウインクが似合うロビンである。


 ファン!ファン!ファン!

 パトカーが続々と長谷川家に集合し始め、慌ただしく警官達が動き回る。

「はっ。はっ。はっ。ハットリめ。年貢の納め時だ。まさか我が家にやって来るとは、その度胸は褒めてやる」

 本物の鬼平は興奮を抑えきれず、大声で叫んでいた。

 時計は午後11時半を示している。

「今日は非番だったのに、大変ですね」

 隣にいた婦人警官が、長谷川に同情したがその言葉は無意味だった。

 長谷川宣雄の顔に同情するべき物は全くない。

 あるのは『喜び』の表情のみである。

 そして、もう一人。

「親父。ついに怪盗ハットリに会えるんだな。早く来い。オレが捕まえてやる」

 テツである。

 二人はこの嵐の中、玄関の前で待ちかまえていた。

 ソレを見て、部下達が囁き合っていた。

「なにもこの嵐の中、来なくてもいいのに」

「そうだよな。しかも、こんなに突然…」

「長谷川警部は嬉しそうだな」

「ああ…」

「あっ。あの婦人警官、めちゃ好み」

「おお。ミニスカポリ〜ス!」

 嵐の中、婦人警官のミニスカートに思わず目が行ってしまう。

 婦人警官は視線に気付きニッコリと微笑んだ。

「今度は看護婦にでもなろうかしら」

 ボソリと呟いた。

『何言ってんだよ。ロビン。早く絵を探せよ』

 耳のイヤホンに響く服部の声に、ロビンは自分の仕事を思い出した。

 近くでは長谷川親子が燃えている。

「ところで、親父、家に服部から盗まれるような物なんかあったか」

「おい。息子。バカにするな。我が長谷川家は代々トウゾクアラタメガタをだな」

「分かったよ」

 テツは早々に父親の長くなりそうな話を切り上げた。


 服部はロビンから借りたYAMAHA、SR400のエンジンを止め、連絡を待った。

「理真に絵を譲ったせいであっちこっち動き回されたぜ。やっぱり、ドロボー的に譲るってのは、なしだな!まぁ、これで最後にして貰うぜ」

 ハットリ君の面を後ろポケットから取り出し呟く。

「どんないい女だが知らないが、これ以上男換えるなよ。尻軽女(ビッチ)


「警部。後5分で、12時ですわね」

 11時55分。

 婦人警官に化けたロビンは長谷川に近づいた。

「ハットリ。今日こそ貴様の首根っこを捕まえてやる」

「そ、そうですわね」

「ところで、君」

 不意に長谷川が真剣な目でロビンを見つめた。

 ロビンはギクリとした。

「何でしょう?」

「“微睡み(まどろみ)の少女”とは何かな?」

「は?」

 時計の針は、午後零時を差そうとしていた。


「どういうことだ?」

長谷川家の屋根の上でロビンからの連絡を待っていた服部は、イヤホンから聞こえるロビン達の会話にピクリと頬を引きつらせる。

『ああ。あの絵ならここにはない』

 事も無げに長谷川は言う。

 怪盗ハットリの登場に我を忘れ、肝心の事は忘れていたらしい。

『絵画教室の帰り美雪の墓参りに行ったんだが、そこの寺の住職が気にいったのでお譲りした。いろいろ世話になっている方だからな』

 これ以上男を惑わずに、ゆっくり寝てな。

 服部は跳んだ。

 目的地変更。

 美雪の墓のある寺。

 スッと路地に下りる。


「ハットリ?」

 聞き覚えのある声に振り向くと、風に髪をなびかせて理真が息を切らして立っていた。

「私、あの。どうしても知りたくて。どうして、あの時、ハットリは私に絵をくれたの…」

 不意の突風が服部の面をさらった。

 ハットリ君の笑みが風に舞う。


 時刻は午前零時を差した。

 一人の警官の目に服部のお面が映った。

「ハットリ発見しました!」


 服部の顔は後ろから来たパトカーのライトで逆光になり、理真の眼にはシルエットのみがはっきりとした。

「分かンねぇよ」

 服部はバイクに跨り、フルフェイスのヘルメットを被りながら答えた。

「でも、分かンなくていいんじゃない?オレ達ってカッコイイ感じしね〜か?」

「…カッコイイ?」

「なかなかオレ達みたいな高校生いないぜ」

 オレ達って、私とハットリのコトで。

 ってコトは、私もカッコイイってコト?

 理真は不思議な気分になった。

 スッキリとモヤモヤが晴れて、ウキウキとワクワクとドキドキがいっぺんに来たような、

 だから、理真は訊いた。

「また逢えるよね」

「たぶんねっ…」

 右足で地面を蹴り、アクセルをグッと回す。

 単気筒のSRはものすごい呻りをあげ、パトカーに向かい走った。

 服部は嘲るように何台ものパトカーの間をすり抜けて行く。

 慌てふためく警官達を面白そうに理真は眺めた。

「絶対、会える…」

 根拠のない確信が、理真に確実な自信を与える。


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