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File2:微睡みの少女(4)

 その日の夜は昼間の天気が嘘のように風が吹き荒れた。

 強い風の中、一台のフェラーリがすり抜けていく。

「フ〜ン。それで、その信心深い池畑正太郎コレクターは、霊に導かれ“微睡み(まどろみ)の少女”を手に入れた訳か」

 革のシートに深くもたれかかり、服部は運転席のロビンを見た。

「今から訪ねるそのコレクターは盗品でも何でも見境なく池畑作品を買いあさってるんだけど、とうとう幽霊にまで救いを求めたって噂なの。ハットリが絵を盗られたって相手はその霊媒師じゃないかしら」

「昨日の今日だぜ。それに、霊媒師が絵を盗むのか?」

「インチキだからに決まっているでしょ」

 面白そうにロビンが微笑んでいる。

「インチキ霊媒師か…」

 服部は理真の霊媒師姿を想像してみた。

 そして、さらにロビンは続けた。

「それから、昼間に予告状出しておいたから」

 ぴくりと服部の頬が引きつる。

「でも、そのコレクターは警察には届けないわよ。“微睡み(まどろみ)の少女”は、2年前に盗難されているもの。それを手に入れた事なんて警察には言えないでしょうね。まだ彼の手に渡ってないにしても何か情報が得られるでしょ」

「それで、ロビンが警察に予告状を出していたら、意味ないだろっ」

「出してないわ。だって、今回は私が刑事になるんだもん!」

 ロビンの声が弾んだ。

「…まさか」


 そして、

「…ビンゴだ」

「何?何か言った?ハットリ」

「いや。何でもない」

 服部はすっかり変装したロビンを、半ば諦めを持って見ながら、携帯電話にイヤホンと小型マイクをセットした。

 これでロビンの会話が全て聞ける。

 ロビンはチラリと腕時計を見てから、フェラーリのドアに手をかけた。

 時計の針は7時を廻っている。

「それにしても、風が酷いわね。せっかくの桜、散っちゃうわ」

 残念そうにロビンは呟き、車のドアを開ける。

 生暖かい風が、びゅうと中に入り込み、服部の頬にぶつかった。

 音を立てながら吹き荒れる強い風は、桜の木をへし折ろうとしている。

 ピンク色の花びらが宙を激しく舞い踊る中、ロビンは頭を押さえてカツラが飛ばぬ様に歩いた。

 不意にロビンは玄関に先客を認め、足を止めた。

 客は20歳過ぎの若い男だった。

「ちょっと、話だけでも聞いてくれよ。“微睡み(まどろみ)の少女”持ってんだろ。その絵は偽物だって」

「何のことだ。帰ってくれ」

 男は門前払いを喰らわされ、ドアの外で舌打ちしてから門から出ていった。

 ロビンは男を見送ってから、ベルを押した。

「夜分失礼します。お宅に怪盗ハットリから予告状が届いたとの情報が入りましてね」

 ロビンはコレクターの男に懐から黒い手帳を見せて続けた。

「警視庁の長谷川と申します」


「何も鬼平に化けなくてもいいのにな」

 服部はイヤホンから聞こえる鬼平そのものの声に溜息を吐き、闇に舞う桜を眺めながら耳に神経を集中させた。

『怪盗ハットリですか?さあ、知りませんね』

 コレクターはとぼけているのか、本当に知らないのか…

『困りましたね。今夜、あなたの家に池畑正太郎の“微睡み(まどろみ)の少女”を怪盗ハットリが盗みに来ると言うのはデマだったと言うわけですか』

 わざとらしいロビン、いや鬼平の声。

『ソウみたいですね。“微睡み(まどろみ)の少女”は2年前に会社の倒産のどさくさに紛れて盗難されたと聞いておりますし』

 この男は何かを知っている。

 これは、しらばっくれる中年の男の声だ。

『実はある霊媒師からの証言がありましてね』

 嘘である。

 しかし、その言葉にコレクターが動揺したように言葉を詰まらせている様子がイヤホンからでも充分伝わる。

『いや、あの、その、ですね。…私は騙されていたんです。本当です。偽物だったんですよ。偽物っていうか…。偽物とも言えないようなぜんぜん違う絵でした。はぁ〜。だから、怪盗ハットリに盗まれるモノなんて何もないんですよ』

 これは本当らしいな。

 嘘はついてない。

 この男は、それほどの度胸はない。

「偽物か…」

 振り出しに戻ったな。

 服部はつぶやいた。

『本当ですか?』

『はい。今朝の粗大ゴミの日に捨てましたよ』


『…らしいわよ。ハットリ、聞いてる?』

 ロビンの声が、耳をついた。

「ああ。聞いてるよ…。あっ」

 向かい風を受けながら車の横を通り過ぎる男に服部の目が止まった。

「アキラ?」

 昨日の夜に会った奴だ。

 確かアキラもあの絵を欲しがっていたな。

 何か知っているのでは?

 服部は急いでドアを開けた。

 強い風に顔をしかめつつアキラを呼び止めた。

「ハットリ?」

 思わぬ人物の登場にアキラは驚いている。

「アキラって言ったっけ?“微睡み(まどろみ)の少女”を捜しに来たのか?」

「ああ…」

 風にアキラの声は吹き飛び、服部の耳には届かなかったが、その表情で答えは伝わった。

「オレには、どうしてもアンタが、絵画鑑賞なんて高尚な趣味を持っているようには見えないけど、そんなイイ女なのか?その“微睡み(まどろみ)の少女”ってのは」

 眼に砂が入ったのかアキラは少し目をこすってから、風に向かって言った。

「ハットリって思ったより、全然子供なんだな。子供のくせに随分と態度でかいな」

 笑おうとして失敗したアキラの表情が風になぶられる。

 言葉自身が服部に届くトコを拒否したのだろうか。

 アキラの声は風の鳴く声に遮られ服部には届かない。

「え?聞こえない」

 アキラは風にいらついたように吐くように言った。

「…好きなように何でもできるアンタには俺の気持ちなんか分かんねーよ」

 アキラは言葉を投げつけていた。

「へ?…」

 なんでもできる…?

 ダブって見えるのは、昼間の理真の顔。

「俺なんかどうせ、たいして頭も良くなくて、三流の大学中退して、何がやりたいわけでもなくて、中途半端で。親父だってしがないサラリーマンのくせに世間体ばかり気にして…」

 昼間といい、今といい。

 オレはお子様お悩み相談室か?

 何故、コイツらはくだらないゴミみたいな愚痴をオレに投げつける。

 一際強い風がハットリの髪をグシャグシャにかき乱す。

 命を持った桜は昼間の優しさを忘れたように乱れる。

 だから、何を言いたい?

 だから、何を苛立っている?

「だから、あの絵は、何なんだよ?」

 あの絵が、アキラを苛立たせているのか。


「あの絵の少女はお祖母ちゃんなんだ」

「お祖母さんのためなのか?」

 嵐は一向に弱まる様子を見せない。

 その中、アキラは弱弱しく首をひねる。

「さあ…。よく分からない。ただ、お祖母ちゃんがぼけたのは俺のせいだから。本当はお祖母ちゃんのこと、大嫌いだったんだ。6年前…、呆ける前のお祖母ちゃんは、いつも、母さんと喧嘩ばかりしていたよ。母さんが、亡くなるまでね。それから、オレのせいでボケ始めて…」

 まとまらないアキラの話を黙って聞いていた服部に気付いて、アキラもまた黙った。

「オレ、何言っているんだ?とにかく、あの絵を取り戻さないと…」

「それで、そこのコレクターの家に行ったのか?」

「門前払いだよ。何か知ってると思ったんだけどな」

「偽物と言えないような粗末な絵画だったって話だ」

「え?じゃあ、やっぱり奴が持っていたんだ。で、まだ奴の所か?」

 アキラに生気が戻った。

「捨てたってさ。今朝の粗大ゴミの日に」

「捨てた…」

 一瞬、落胆した表情を見せたが、次には強い意志がアキラの顔に表れた。

「ケジメだもんな。俺の」

 桜は人を酔わせるのだろうか?

 しかし、アキラはスッキリした顔で服部に笑いかける。

 熱しやすく覚めやすいタイプらしい。

「愚痴って悪かったな。安心しろよ。アンタの事は誰にも言わねえから」

 昨夜も今夜も素顔を見られているのだ。

「サンキュー。アキラも負けんなよ」

 

 桜吹雪の中、勢いよく走り出したアキラの後ろ姿を見送った。

 何に勝つと言うのだろうか?

 自分の吐いた台詞にハットリは嗤った。

「どうして、偽物の絵にあんな一生懸命になるんだ…」

 容赦なく風は服部に吹き付ける。

 大量の桜は闇の中まるで雪の様に降り続く。

「まるで、雪だな」


 雪…

 あの夜も、こんな風に雪が降っていた。

 最高のバースデープレゼントだよ。

 美雪の笑顔。

 偽物が本物なのじゃよ。

 それは、じいさんの言葉…

「偽物が本物?」

 まさか、また?

 服部は目をつむり、顔に手を当てた。

「あのジジイ。いつも言葉が足りないんだよ」

 服部は風を全身に受けて、空を仰いだ。

 桜の花弁はまるで命を持っているように激しく舞う。

 服部は、大きく深呼吸をし、マイクでロビンに呼びかけた。

「ロビン。聞こえるか?オレ達が追っているのは、おそらく、その偽物らしい」


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