トイレ事情
トイレ事情
一葉の会社はビジネスビルに入っているテナントのひとつだ。そのビルは広く、ワンフロアに二百人ほどは就業しているのだがトイレの個数が少ない。女子トイレは個室が三つしかなく、いつも行列している。
一葉はトイレが近いタチで頑張って我慢しても就業時間内に四回はトイレに立つ。昼休みは混むので避けるようにしているが、他の時間でもほぼ列ができている。
我慢に我慢を重ねている一葉はジリジリした気持ちで列に並ぶ。トイレはなかなか空かない。
待っていると個室から漏れてくる物音でなかで何をしているか分かるときがある。
さっと用だけを済ませて出てきてくれる人もいれば、そうでない人もいる。
ガサガサと音をたてて着替えをしているひとがいる。
(ロッカールームで着替えろ!)
メール着信音を何度もさせる、どうやらメールをしている人がいる。
(デスクにもどってからやれ!)
いつまでもいつまでもトイレットペーパーを手繰り続けカラカラカラカラという音をたてる人がいる。
(お前はハムスターか!)
一葉は心中で悪態をつき続ける。
やっと入れたトイレの個室が惨憺たる汚れっぷりな時もある。一葉は目の前が真っ暗になった気がして便座に崩れ落ちる。
個室から出るとき、代わりに入っていく人に(私が汚したんじゃないのよ!)心のなかで叫ぶ。
「ねえ、男子トイレは行列することある?」
トイレを無事に済ませてデスクに戻り、一葉は隣の席の山田くんに聞いてみた。
「たまにあるよ」
「たまにかあ、いいなあ。今度から男子トイレに入ろうかな」
「まあ、立ってできるなら良い考えかもね」
パソコンから目も離さずに山田くんは軽く返事をする。
「そうか、立ったままだから早いのか」
「そうそう。立ち食いそばと同じ原理だよ。女子トイレは、そうだなあ、フレンチレストラン?」
「フレンチレストランというより」
女子トイレの惨状を思って一葉はげんなりと呟く。
「ゴミ屋敷の食卓に招かれたような気持ちよ」
「それは凄いな。一度、女装して入ってみようかな」
「女性に対する幻想が崩れ去ってもいいなら、良い経験になるわよ」
山田くんは「ハハハ」と口先だけで笑ってパソコンのキーを叩き続ける。
男性には到底分からない悩みにため息をつきながら一葉は今日四杯目のコーヒーを飲んだ。




