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水をくれ

水をくれ

 寝坊して起きた朝、洗面所に行って愕然とした。水道の蛇口に張り紙がしてあったのだ。


『本日 11時~16時まで貯水槽点検のため断水。取水厳禁!』


 おいおい、おふくろさんよ。そういうことは前日に言ってくれよ。

 などと思っても悪いのは俺だ。学生の身分で無断で午前さま。帰宅時刻は午前六時。おふくろさんの逆鱗に触れて当然の時刻だ。女手ひとつで育てている息子が大学にも行かずに遊び歩いて、もう三日も顔を合わせていないんだから。


 しかしこの仕打ちには本当に参った。顔も洗えなきゃ外にも出られない。……いや、待て! トイレはどうするんだ!?


 もしや溜め水されているかと浴槽を覗いたがパリパリに乾燥していた。流せる水がないと思ったとたんに尿意に襲われた。どうする、出すもの出して流さずにいるか? いやいやいや、さすがにそれは現代日本でのほほんと日常を営んでいる若いイケメンの爽やかな青年には無理な相談だ。

 しかし尿意は逼迫している。もう数分もしたら決壊するだろう。

 近所のコンビニまで走るか? 昨夜からシャワーも浴びず顔も洗わず歯も磨いていない状態で?

 もしお隣さんに会ったらどうするんだ? それよりいつものレジの可愛いあの子にこんな姿を見られたら、もうコンビニに行けやしない。

 かといって隣の家に水を借りに行く度胸はない。

 どうするんだ、俺、これ

 どうするんだ、俺、これ

 どうするんだ、俺、これ

 どうす……


 スマホがおふくろさんからの電話着信を「緊急事態! 緊急事態!」という音声で知らせた。そうとも、いまこそ本当の緊急事態だ!


「もしもし、おふくろ!?」


『もしもし。張り紙見た?』


「見たよ! どうして溜め水しといてくれなかったんだよぉ」


『あんた、どうしてか分からないわけ?』


「分かります! 分かってます! ほんっとすいませんでした!」


『まあ、仕方無いわね。今回はこのくらいで勘弁してやるか』


 いくら勘弁してもらっても、もうどうにもしようがない。水はないのだ。尿意はすでに限界のアラートをあげ続けていた。


『じゃあ、張り紙はがして』


 焦りはすでに諦めに変わっていた。言われた通りに張り紙をはがす。


『じゃ、断水おわり』


「は?」


『もう水流していいから』


「は?」


『貯水槽の点検、昨日で終わってるから』


「はあ!?」


『じゃあね』


 無情にも電話は切れた。俺の体から一気に力が抜けた。と、同時に決壊の時はやってきた。

 

 俺は二度と夜遊びはしないと硬く誓った。

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