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海に落ちた夕陽

海に落ちた夕日

 日が長くなったなと亮太は制服のポケットから煙草を取り出しながら思う。亮太が通う高校は丘の上にある。屋上に上ると少し離れた海岸が見える。北西に向けて開けた湾は広く、春の穏やかなあたたかさが波のきらめきの中に見えている。

 なぜだろう、夕焼け空は赤いのに夕日を受けた海は黄金色にかがやく。海の底に数えきれない宝物があって、夕日を反射するからだろうか。

 亮太はふかすばかりで大して吸いもしない煙草を靴の踵で踏みつぶした。煙草を吸うことに意味はない。悪ぶっているわけでも、大人の真似をしたいわけでも、ストレスに対する発散行為でもない。ただ、なんとなく。なんとなく吸っている。

 吸い始めた時のことはよく覚えている。三歳の時から十三年ぶりに会った母の葬儀の日だった。ヘビースモーカーだったという母の遺品の中に煙草のカートンがいくつもあった。亮太が乳児のころから煙草をすっていて嫌煙家の父から嫌味を言われ続けたそうだ。父がとうとう家を出たのが十三年前。亮太は父に抱かれて小児喘息特有のぜえぜえという咳をしていた。

 母の顔は覚えていなかった。肺癌で長らく患いついた間にも医者に隠れて煙草を吸い続けた母の死に顔は蝋のように白く、眉間に深い皺が刻まれていた。父は母の遺体を見たときから口を固く結んで一言もしゃべらない。母が昔からそんな顔をしていたのかも聞くことができず、亮太は母の死に顔を覚えてしまうのがはばかられて、火葬された骨だけをしっかりと見つめた。

 夕日が海の中に沈んだ。残照をうつした海はいまだ黄金色で、宝物は手に入れる者のないまま明日を迎える。ゆっくりと、輝きをひそめ、闇に隠れ、朝日に輝くときを待つ。きっと誰かに拾い上げられる日を夢見て。

 ポケットから煙草の箱を取り出す。先ほど吸ったのが最後の一本だった。くしゃりと箱を潰しポケットに戻そうとして、ふと手を止めた。山のように積まれていたカートンはすでにない。この箱ももう二度と手にすることはない。一瞬だけ、ほんの一瞬だけ、この箱を持って帰ってこっそり隠しておこうかと考えた。なんの思い出もない人の形見の品として。けれど箱の中にはもう、亮太が手にすることが出来る何ものも入ってはいない。

 日はすっかり沈み、空を見上げれば星が見える。見下ろしても海は真っ暗な闇の中に沈んでしまった。海底の宝は亮太の目にはもう見えない。ただ、手の中にある煙草の箱からうっすらとメンソールの香りが漂っている。

 亮太は煙草の箱をくしゃくしゃに丸めると、見えない海に向かって投げた。もう二度と手にすることはない、思い出せない宝物。大きく弧を描いて暗闇の向こう、夕日が眠る海に向かって飛んで行った。

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