憧れをこの足に
憧れをこの足に
麻美子が嫌い。小さくて可愛い麻美子が嫌い。でも葉月は麻美子の親友。
「いつまでも仲良しでいてね」
麻美子に言われたら断れない。小さい頃から側にいて麻美子の愛らしさを葉月は一番知ってる。
『オズの魔法使い』がすべての始まり。葉月が大好きな絵本。幼稚園のお遊戯会の劇で葉月は自分が主人公のドロシーになると信じてた。だって誰よりずっとドロシーのことをよく知ってたから。けれど主役は麻美子。ふわふわ茶色の髪、小さな背。先生が準備した魔法の銀の靴に麻美子の小さな足はピタリ収まった。当時から誰より背が高く足も大きかった葉月は、自分は永遠に主役になれないと思いしった。ドロシーの友達カカシに扮した葉月の足は重かった。葉月は麻美子と歩く旅よ、ここで終われと祈った。でも二人の関係は高校生になって葉月の身長が175センチになっても続いてる。
ラブレターを預かるのは何度目か。麻美子といつも一緒の葉月が一人になると男子生徒達が古風なラブレターを差出す。麻美子はスマホを持たない。そんなものがなくても平気だ。麻美子は人と繋がることに頓着しない。いつも誰かが側にいて麻美子のことを愛すから。
「これ!」
無人の廊下で葉月はラブレターを受け取った。またか。葉月は白い封筒を指先でつまんでカバンに突っ込む。校門で待ち合わせた麻美子にぞんざいに手紙を渡す。
「これ、はーちゃん宛だよ」
麻美子の手から戻った封筒を見ると確かに宛名は葉月の名前。驚いて目をむく葉月を、麻美子は「恐いよ」と遠巻きに見た。葉月は慌てて封を切り中の手紙を取り出した。
『好きです』
手紙の冒頭からこうだ。葉月の顔は溶岩のように真っ赤だ。けれど手紙を読み進めるうちにその顔色は溶岩が冷めるように暗くなった。
「ねえ、なんて書いてあるの?」
麻美子に聞かれ葉月は麻美子に手紙を渡した。
「わあ、すごい! デートしてほしいだって! どうするの、はーちゃん」
「行けるわけない」
うつむいてため息。
「だって私、紳士靴しか持ってない」
麻美子が聞く。
「靴なんてなんでもいいじゃない」
「よくない! 麻美子には分かんない! ドロシーの靴は麻美子にしか似合わないじゃない!」
「ドロシーの靴?」
葉月はハッと口を押えたが心の奥の言葉は麻美子の耳に届いてしまった。
「分かった、任せて。土曜日に新宿駅で二時ね!」
麻美子は元気に走って行った。置いてけぼりをくった葉月はどうしていいか分からずにぼんやり立ちつくした。
土曜日、葉月は新宿駅のいつもの場所に立った。麻美子は手に紙束を持って現れた。
「お待たせ、はーちゃん。行こう」
元気よく歩く麻美子は5メートル先で立ち止り紙束をばさばさと捲った。
「あれ、どれ? あれ?」
葉月は麻美子の手から紙束を取り上げた。それはネットの地図。新宿二丁目あたりに☆マーク。葉月は眉をひそめた。
「こんなところに行くの?」
「どんなところ?」
「いかがわしいお店がいっぱいあるところでしょ」
「はーちゃん、ママと同じこと言う」
麻美子は朗らかに笑うと「多分こっちだった」と明後日の方向に歩き出す。
「ちがう、こっち。方向音痴」
葉月は麻美子の手をひいて歩く。到着したのは一軒の靴店。錆びたトタンに手書きの『中島靴店』。からり、引き戸を開けて入る。
「麻美子ちゃん。いらっしゃい」
出迎えたのは化粧が派手なお姉さん。がっしりして背も高い。お姉さんは茶色の紳士用革靴の靴底を修理している。
「今日は迷子にならなかった?」
「うん、はーちゃんが一緒だから」
「君が噂のはーちゃんね。ちょっと待って」
お姉さんは店の奥、カーテンをひいた中から一足の靴を持ってきた。銀のローヒール。きらめくその靴はオズの魔法使いの絵本に描かれていた魔法の靴そのもの。けれど自分の大きな足には関係ない。葉月が目をそらすと、お姉さんは側にあった椅子を指さした。
「そこに座って」
怪訝な表情のまま座った葉月の靴をお姉さんはそっと取る。爪先に銀色の靴を充てる。葉月の足はぴったり靴に吸い込まれた。
「立ってみて」
銀の靴を履いた足は魔法のように美しい。
「うちはオーダーメイド専門。土地柄、お客様は足の大きな方が多いから木型も色々用意しているのよ」
「土地柄って?」
「オネエとか、私みたいに」
オネエのお姉さんが足先を見せる。大きな赤いハイヒール。とても美しい。
「靴は女の子に魔法をかけてくれるのよ」
葉月はお姉さんの魔法にかかった。世界がキラキラと輝きだした。
靴店を出ると目の前を行く、開店前のバーに入っていく髭の剃り跡が青い中年女性。彼女が履く黒いハイヒールも魔法の靴。目の前を通り過ぎる肩の張った美人の彼女。ピンクのローファーも魔法の靴。
「はーちゃん、私ともデートしようね」
麻美子が履く小さな小さな茶色の革靴も魔法の靴。
女の子はキラキラした魔法でできている。今日、葉月も魔法を手に入れた。もう大事な友達を遠ざけたりしない。もう自分を蔑んだりしない。葉月は銀色の靴の踵をコツコツと二回打ち鳴らした。いんちきなオズは魔法の靴の魔力を使って自分を大切な日常に送り届けてくれる。
葉月は麻美子の手を握って背筋を伸ばして歩きだした。勇気と知恵と優しさと、負けない心を手にしたドロシーみたいに。まっすぐに行くべき道を歩きだした。
「はーちゃん、ラブレターの人とのデートはいつ行くの?」
葉月は真っ赤になって麻美子の手を振り切って走っていった。明日へ向かって。




