鼻毛のはなし
鼻毛のはなし。
鼻毛を抜きますか?
私は抜きます。
痛いです。
痛さの国際単位が「ハナゲ」だという噺をご存じだろうか。
それほどまでに「鼻毛を抜くと痛い」という事実は世に広く知られている。
私だって痛い。
痛いが抜かねばならぬ時がある。それはつまり、身だしなみをするとき、という当たり前の話なのだが。
私にも妙齢の娘さんだった時代があった。
素敵な出会いを夢見ていた時代もあった。
しかし年上好きな私にはなかなか素敵な出会いはやって来なかった。
三十代前半で五十代の男性とお見合いをしたことがある。
写真を見た時には真面目そうで素直そうで育ちがよさそうな男性だと思った。
実際に会ってみて感じたことは、真面目で素直で育ちがいい人だということだった。
とても素敵だった。ただ、鼻毛と耳毛が飛び出している人だった。
ついでに言うと両手の小指の爪だけを尖らせており、この小指で耳垢をほじくるのだろうことが明白だった。熱烈な求愛を受けた。しかし私は即日お断りの連絡を仲人に伝えた。鼻毛が飛び出て耳毛が飛び出てなおかつ小指で耳をほじる男性だけは無理だと思った。それほど鼻毛は罪深い。私は鼻毛を飛び出させないことに心血を注ぐようになった。
このように鼻毛というものは罪深いものだ。人の一生を左右するほどのものだ。私は毎日丹念に鼻毛を抜く。
鼻毛にも毛根というものがあり、日々抜き続けていると毛根が弱って抜けやすくなる。
鼻をかむとぞろりと鼻毛が抜けることもたびたびある。抜かずにすんで万々歳なのだが、鼻毛が抜ける瞬間というものは異様にくすぐったく、九割九分くしゃみが出る。鼻をかむたびくしゃみのオンパレードだ。しゃれにならない。
いつもカバンにはティッシュペーパーを欠かさない。ハンカチは忘れてもティッシュペーパーは欠かさない。各種アレルギー持ちなのでいつでもくしゃみに備えなくてはならない。普通にくしゃみをするだけなら手で覆うくらいですむだろう。だが、私の場合、鼻毛が抜け飛び出す可能性が高い。鼻と口をティッシュで覆う必要があるのだ。それほど鼻毛は罪深い。
今日もぶちぶちと鼻毛を抜いた。あるものは毛根が弱りするりと抜けるが、あるものはしぶとい毛根で何度抜いても痛むのだ。その割合は七鼻毛くらいで、けっこう心理的ダメージを食らう。悪いことをしている感が抜けず心をさいなむ。鼻毛だって私の一部のはずだ。それを蔑視するのは鼻毛いじめではないのか? 思いは千々に乱れる。
だが、鼻毛がぼうぼうと生えそよいでいる景色を、私はもう見たくはないのだ。
鼻毛を抜きますか?
私は抜きます。けれどあなたが鼻毛を抜くかどうかを私は気にしません。あなたはあなたの自由に生きてください。
鼻毛を生やし、耳毛を飛び出させ、小指の爪で耳垢をほじくってください。
そこには自由があります。
何びとにも侵されぬ自由です。
人は誰に文句を言われることなく耳をほじる権利があり、誰に後ろ指さされず鼻毛を生やす権利があります。それが本当の自由なのです。
ただ。
私はそういう人とはお付き合いしかねます。
それは私の自由で、世間一般の女性の共通項目でもありましょう。
なんの項目かって?
ダメンズ認定の公式項目ですとも。
そういうわけで。
私は今日も鼻毛を抜きます。




