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HOLIC!! ~アカネさんと僕~

HOLIC!! ~アカネさんと僕~

 今日も雨が降っているけれど、昨日ほどひどくはない。クラスメイトの嘲笑にさらされないぶん、屋上の方がずっと居心地がいいと言える。浮世離れしたアカネさんと、浮世の垢に傷付けられ続ける僕。似ているようで正反対の二人だけれど、教室に居場所がないことは一緒だ。

 ……僕にとってそれは、この上ない幸福なわけだけど。

 アカネさんと僕は扉の前、わずかに出っ張った廂の下に身を寄せ合って座った。爪先がやや濡れてしまうが仕方ない。肩が触れるか触れないかの距離。アカネさんから甘い香りがする。シャンプーだろうか、もしかして香水? いやいや清楚キャラのアカネさんが、まさか香水なんてつけないよな。だとすると……。妄想が膨らむ。

「水谷君、おなかがへりましたの」

 アカネさんが、か細い声でうったえる。僕はあわてて二つ抱えていた弁当箱の、大きい方をアカネさんに渡す。精魂込めて作った初めての弁当、はたしてアカネさんの口にあうのだろうか。メニューは卵焼き、鶏の唐揚げ、ミニサラダという当たり障りのないものにしてみた。弁当男子にあるまじき卑屈な姿勢と笑わば笑え。僕が弁当を作る目的はただ一つ。アカネさんに気に入ってもらうことだけだ。

 アカネさんが弁当箱の蓋を取る。僕は固唾をのんで見つめた。弁当箱の中身をじっと見つめたアカネさんは、やおら傍らに置いたカバンの中に手をつっこんだ。気に入らなかったのかと慌てていると、カバンの中から出てきたのは小瓶に入った茶色のつぶ。なんだ、ふりかけを探していたのか。ほっと胸をなでおろす。

「いただきます」

「はい、どうぞ」

 アカネさんは丁寧に手を合わせて頭を下げた。料理を作ったものにとって、これほど嬉しいことはない。アカネさんは小瓶に入ったふりかけをご飯の上にかけると、卵焼きの上に、鶏の唐揚げの上に、ミニサラダの上にもふりかけた。サラダはまだわかるとしても、卵焼きも唐揚げも、味見さえしてくれず、いきなりふりかけなんて……。料理を作ったものにとって、これほどの悲しみはない。

「あ、アカネさん、あの、お口にあいませんでしたでしょうか……?」

 卵焼きを口に詰め込んで可愛らしくほっぺたをふくらませていたアカネさんは、もごもごゴクンとやってから、ニッコリとほほ笑んだ。

「とても美味しいですよ」

「あの、でしたら、なぜふりかけを卵焼きに……」

 アカネさんはコンクリートの上にじかに置いていた小瓶を取り上げると、晴れ晴れとした笑顔で言った。

「これは、ふりかけではないですよ。チョコスプレーです」

「ちょこすぷれー?」

「はい、チョコレートの粉です。水谷君もいかがですか? おいしいですよ」

 アカネさんは僕の手から弁当箱を取り上げると蓋を開き、ごはんの上にまんべんなくチョコスプレーをふりかけた。返ってきた僕の弁当箱から、ほんのり甘いチョコレートの香りが漂う。これはもしかして、新手のイジメ……?

「あら、もしかして、水谷君はチョコレートがお嫌いでした?」

 小首をかしげると、サラサラの黒髪が揺れて愛らしい。そんなアカネさんに否やは言えない。

「いえ、大好きです!」

 僕は腹を決めると目をつぶって、チョコレートかけごはんを口いっぱいに頬張った。噛んだ。噛んで噛んで、噛みまくった。

「お味はいかがですか?」

「……おいしいです」

 まあよかった、とはしゃぐアカネさんにはとても言えない。

 このミスマッチは許容範囲ぎりぎりです、だなんて。

「……アカネさんは、チョコレートが好きなんでしょうか?」

「はい、実は、チョコレート中毒なんです」

 恥ずかしそうにうつむくアカネさんの耳がほんのりピンクに染まる。

 いい。

 すごくいい。

 その顔をずっと見ていたい。

「じつは、僕もチョコレート中毒なんですよ~。奇遇ですね~」

 アカネさんと話を合わせたくて適当なことを言っている僕の鼻の下はびろんびろんに伸びていたに違いない。軟弱ものと笑わば笑え。僕はアカネさんとの素敵ランチのためなら味覚だって変えてみせる!

「じゃあもっと、どうぞどうぞ」

 笑顔で差し出される小瓶を見る僕の頬は小刻みに震えた。目をつぶり意を決してチョコレートを唐揚げにふりかけた。ごくりとつばを飲み込む。食欲からきたつばではない。恐怖だ。

 未知なる味覚を口にせねばならない恐怖。口にせずにアカネさんに嫌われるかもしれないという恐怖。アカネさんが僕を期待の目で見ている。二つの恐怖を天秤にかけ、冷や汗をながしながら僕は……。

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