湯どうふ
湯どうふ
三寒四温という言葉が近年は当てはまらなくなっているような気がする。冬はいきなり幕を落としたように終わり、春の独演会が始まる。冬と春でワルツを踊っていた時代が遠い記憶になる日も遠くはない。
などと思っていたぽかぽか陽気の今日だったが、日暮れごろから急に冷えてきた。押し入れに仕舞いこもうと思って洗っていた丹前を引っ張り出して袖を通した。毛糸の靴下も履き、飲もうと思っていた缶ビールは冷蔵庫に戻し、冷ややっこで食べようと思っていた豆腐は急遽、湯どうふに変わった。
鍋に昆布をつけている間に日本酒をチロリにそそぐ。昆布が戻るのを待てずに火をつけてしまう。コンロの火に手をかざして冬将軍のしぶとさに舌を巻く。鍋の隣のコンロに小さな鍋をかけて湯の中にチロリをひたす。丹前の長い裾に包まれた体はとても暖かい。あとは手先と頬が温まれば完璧だ。
昆布出汁がとれたら豆腐をくぐらせて煮えたつ寸前で火を止めこたつに運ぶ。熱々燗にしたチロリからお銚子に酒を移してこたつに入り込み、まずは一口、お猪口を傾ける。酒が喉を通っていくときゅうっと掴まれたように喉元から胸の奥まで暖まる。鍋の中に箸を入れて豆腐を四つ割りにしてから取り鉢にとる。塩をかけてふうふうしてから頬張る。あちあちあち、などと言いながら慌てて口を半開きにしてヒヤッとした空気を吸い込む。じんわりと豆腐の熱が和らいだら二、三回軽くかんで飲み込む。豆腐を追いかけるように熱燗をきゅっと喉に流しこむ。お腹の中から暖まって幸せが体中を巡る。
幸せを繰り返し繰り返し、豆腐がなくなった。お銚子もちょうど空になった。ほろ酔いでごろりと寝転がると、うとうとと眠気に襲われる。けれどまだ眠ってしまうわけにはいかない。食器洗いが待っている。
「うー」
唸って嫌々ながら起き上がる。体が暖かい間に終わらせてしまおう。冷たい水と戦うにはそれしかない。そう思って蛇口をひねったが、思ったほどには水は冷たくない。
「やっぱり冬は終わりかけてるんだな」
なんだか少し寂しい気持ちで食器を洗い蛇口を閉めた。




