ことちゃんとわんこ
ことちゃんとわんこ
ことちゃんの家にわんこがやって来ました。
うすちゃいろでふわふわの毛の小さなわんこです。
「ほら、ことちゃん。かわいいわんこだろう」
と、パパがわんこをだっこしてことちゃんに渡そうとしました。
でも、ことちゃんははじめて見るわんこがこわくてしかたありません。ママのうしろにかくれてしまいました。
パパはざんねんそうなかおをしました。わんこもかなしそうにしているように見えました。
ママはことちゃんの頭をなでて、わんこの頭をなでました。わんこは嬉しそうにしっぽを振っています。ことちゃんはわんこの近くによらないように、うしろへうしろへとさがりりました。
つぎの日、ことちゃんが起きてくると、わんこはケージのなかに入れられていました。おとなしくちょこんとすわっています。ことちゃんはわんこのケージに近づかないように歩きました。
つぎの日も、つぎの日も、わんこはケージのなかにいました。なにもいわずにすわっていました。ことちゃんのすがたを見ると、うれしそうにしっぽをふりました。
ことちゃんはわんこがかわいそうになりました。
「ねぇ、ママ。わんこはどうしておうちから出てこないの?」
ことちゃんがたずねると、ママはかなしそうな顔で答えました。
「ことちゃんをこわがらせたらいけないけないからって、おうちにとじこもっているのよ」
ことちゃんはびっくりしました。
「わたしはこわくないよ」
「ほんとうに?」
「だいじょうぶ」
ことちゃんは、ほんとうはわんこがこわかったのですが、ゆうきをだしていいました。
ママはケージをあけると、わんこをだきあげました。ゆっくりとことちゃんのまえにすわると、わんこはうれしそうにしっぽをふって、ことちゃんを見つめました。
「ほら、ことちゃん。わんこがありがとうって言ってるよ」
ことちゃんは、にっこりわらいました。
「わんこがよろこんでるね」
「ことちゃんにおれいを言いたいって言ってるよ」
「おれい?」
ママはそっとわんこをことちゃんのそばにさしだしました。ことちゃんはりょうてを体のうしろにかくしてうつむきました。
「ことちゃん、わんこをさわってみない?」
ママに言われてことちゃんはそっとわんこを見ました。わんこはうれしそうにしっぽをふっています。
ことちゃんはそうっと手をだすと、わんこの鼻に近づけました。わんこは首をのばしてことちゃんのゆびのにおいをかぎました。ほそいひげがゆびにあたってくすぐったくて、ことちゃんはわらいました。
「おひげがあるね」
「そうね」
「子どもなのにね」
ことちゃんはわんこのひげをなでました。わんこは首をまわしてことちゃんのゆびをおいかけると、ぺろぺろとなめました。それもくすぐったくて、ことちゃんはおおわらいしました。
ママはわんこをゆかにおろして手をはなしました。わんこはことちゃんにちかづいて、ことちゃんのひざのにおいをかぎました。やっぱりひげがあたってくすぐったいです。ことちゃんはおおわらいです。
ことちゃんはしゃがみこんでわんこの頭をなでました。わんこはそれはそれはうれしそうにしっぽをブンブンふりました。
「ママ、わんこかわいいね」
ことちゃんがわらうと、わんこはもっともっとうれしそうです。ことちゃんはわんことおともだちになりました。
それから十五ねんがたちました。ことちゃんは大人になって、わんこはすっかりおばあさんになりました。
ことちゃんがお嫁に行く日、わんこはことちゃんの膝をぺろぺろなめました。ひげがあたってくすぐったくて、ことちゃんは笑いました。笑いながら涙があふれてきました。わんこと離れ離れになって、どうやって生きていくのか想像できませんでした。ことちゃんとわんこは、それはそれは仲良く暮らしてきました。本当の姉妹のように、一緒に遊び、一緒に寝て、一緒に育ちました。ずっと一緒にいるんだと、ことちゃんは信じてきました。わんこもきっとそうっだったでしょう。
それでもことちゃんはわんこと別れて家を出ます。わんこは最初に家に来た時のように静かにちょこんと座っています。ことちゃんはそっと指を伸ばすと、わんこの鼻に近づけました。わんこは首を伸ばしてことちゃんの指のにおいをかぎました。細いひげが指にあたってくすぐったくて、ことちゃんはまた泣き笑いしました。
ドアを開けて外へ出ると、わんこは玄関でワンとひと声鳴きました。ことちゃんはわんこに「行ってきます」と言ってドアを閉めました。
ドアが閉まるとわんこはぱたりと尻尾を落としました。玄関に、よっこらしょ、というように座りました。ことちゃんがもう帰ってこないことを知っていました。遠く遠く離れることを知っていました。どんなに離れてもわんこはことちゃんのことを忘れないでしょう。
三日後、ことちゃんは帰ってきました。わんこは驚いて玄関でことちゃんを迎えました。
「もう私、結婚なんかこりごり。ずっとわんこと一緒にいるわ」
わんこは嬉しさ半分、あきれ半分にことちゃんを見上げました。ことちゃんはしゃがみこんでわんこの首をしっかりと抱きました。
「わんこ、私はずうっと一緒だからね」
やれやれ、とわんこは心の中で思いましたが、しっぽはブンブンと揺れていました。




