いかがでしたか?
いかがでしたか?
「芸能人と結婚するための三つの方法」
「彼に愛されるための10の法則」
「嫌われ女子の五つの特徴」
「彼女にあきれられない男になるためにしなければならない七つのこと」
「この記事を読むために心構えしておかなければならない100のこと」
ネットニュースには「~~のこと」があふれている。
それにつれて「いかがでしたか?」もあふれかえっている。あの記事も、この記事も、あのライターも、このライターも「いかがでしたか?」「いかがでしたか?」「いかがでしたか?」「いかがでしたか?」。
「いかがでしたか?」の洪水だ。この風潮、いかがなものかと思う。
「小説を書き始めることは誰にでもできる。大切なのは書き始めた小説を終わらせることだ」
そんなような話を聞いたことがある。なるほど、と思う。確かに、と思う。書きかけでほったらかしの小説になり損ねた文章を大量に抱えている私にはよく理解でき、とても耳に痛い言葉だ。
作家の久美沙織さんの著作に『新人賞の獲り方教えます』がある。
久美さんが講師をされた小説の書き方講座を文章に落としたものだ。ずいぶん勉強させてもらった。
講座で行われた小説書きのレッスンが載っているので原稿用紙を用意して受講者気分で課題に取り組む。
各章ごとに講義と課題がセットになっている。課題をこなして次の章に進むと、回答例があげられ、どこが良いのか悪いのか指摘してある。
最初の課題は『私が最初に読んだ本』について書くというもの。
そして最後の課題は『小説のラストを書く』。
突然、ラストだけを書けと言われても、なかなかうまい文句は出てこない。しかも制限がある。原稿用紙一枚、15分。自分のストックを掻き分けて、使えそうな欠片をさがすんだけど、どれもこれも書き始めだけでラストがない。どれもこれも使えやしない。結局、一から新しいものをひねり出すことになった。
書き終えるということが、こんなに難しいとは思わなかった。
そんな時代を乗り越えて、なんとかラストまで小説を書き上げることが出来るようになった。ただのひとつも同じラストはない。同じ結末になるなら、書き始める必要はない。
ランキング記事も同じだろうと私は思う。毎回違ったネタを取り上げているなら読者にもたらす影響も違ってくる。それが毎度毎度、どの記事もこの記事も、いかがでしたか? そう言っておけば、バツンと文章を切ってもラストだと思わせることができる。軽くあしらわれたようで、いやになる。
と、まあ、こんな記事ですが、
いかがでしたか?




