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うさぎのぼうし

うさぎのぼうし

 そのうさぎはぼうしをかぶっていた。淡く青く透き通ったぼうしの中には、真っ赤なりんごが浮いていた。

 うさぎは深くぼうしをかぶっているのだから、本当ならそこには、うさぎの脳みそが入っているべきなのだ。もしかするとりんごは何かを考えているのかもしれなかった。


 白黒のチェス板の上を真っ白なうさぎはどこまでも旅している。果てしなく続く白と黒の四角の連なりは遠くに行くほど小さくなって、とうとう砂粒ほどになる。その砂粒からうさぎはやって来て、その砂粒へとうさぎは帰っていく。


 うさぎの耳はぼうしの上に、にゅうっと双葉のように生えている。風に吹かれてぴくりと動く。ひげをひくひくと動かして風のにおいをかぐ。次の一歩は白に向かうのか、黒に向かうのか、風のにおいを読んでいる。


 けれど、うさぎのぼうしからはりんごのにおいが強くして、風のにおいをとらえることができない。うさぎは行方も定まらぬまま歩き続ける。


 朝か夜かも分からない薄暮の中、うさぎは足を止めた。


「やあ」


 白い四角の上に真っ黒な猫が立っていた。にやにや笑いでうさぎをじろじろ眺め回した。うさぎは挨拶を返すかわりに、ちょっとぼうしの庇を上げた。


「君はなんだい?」


 猫が聞いた。


「俺はしがないポーンだけど、君はなかなかりっぱらしい身なりじゃないか」


 うさぎは猫の身なりに目を向けた。鉄の鎖で編んだチョッキを着ていた。いかにも軽そうで、よく歩くポーンらしい姿だった。


「君のぼうしがとくに素敵だ。そんなぼうしが似合う頭はとても格好がいいだろう。どうだい、ちょっとぼうしをぬいで見せてくれないか」


 うさぎは猫の言葉が聞こえなかったような顔でじっとしていた。猫はじりじりと待ったが、とうとう待ちきれず、うさぎに飛びかかった。

 うさぎはひらりと斜め後ろに飛びすさった。猫はうさぎをとらえ損ねて、爪を尖らせてうさぎをにらみ据えた。


「おまえ、キングか!」


 うさぎは答えるかわりに猫を捕まえるとぼうしを上げてその中に猫を放り込んだ。

 猫は一声高くにやあ! と鳴くと、この世のどこにもいなくなった。


 うさぎはぼうしをかぶり直した。ぼうしの中のりんごはますます赤くなったようだった。黒と白の地平に赤いりんごはよく映えた。うさぎの白い耳によく映えた。

 うさぎは風のにおいをかごうとしたが、赤い赤いりんごのにおいが強くて風はうさぎに道を示してはくれなかった。うさぎはまた果てを目指して歩いていった。

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