表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
34/347

8時12分

8時12分

 通勤時間にちょうどいいバスがない。36分では遅すぎて、12分では早すぎる。20分台があれば良いのだが、なかなか思うとおりにはいかない。

 勤務初日にバスに乗ったときは20分ほどの違い、大したことはないだろうと思っていた。が、12分のバスは快速だった。始業時間の一時間前に到着した。さすがに早すぎる。ちなみに36分だと始業前15分にたどり着く。その差、45分。快速の力を思い知った。


 帰りのバスも同じように、終業後急げば乗れる16分としばらく待つ35分の間の20分台があれば良いのだが、なかなかうまくいかない。

 席を立つのが五分遅れると、16分には乗りそこねる。しかし寒風のなか20分待つのは辛いものだ。

 そんなときに運が良いと快速バスが渋滞で遅れてやってくることがある。これに乗れると先回りして16分に乗り換えられる。快速ブラボーである。


 



 一穂は路線バスで日本一周旅行をするというテレビ番組の企画のためにスーツケースに荷物を詰め込んだ。どこかで聞いたことがあるような企画だと思いつつ、やっともらえた仕事にケチはつけられない。限られた軍資金と一台のハンディカメラと巨大なスーツケースを持って、テレビ局の前のバス停から指示されたバスに乗った。このバスの終点から本当の一人旅が始まる。


 バスがついたのは大きなバスターミナルだ。日本各地へ向かう高速バスが出ている。しかし一穂が乗るのは路線バスのみ。早朝のターミナルの隅の方、小型のバスが集まる区画に行き、バスの映像をカメラにおさめる。

 バス路線図を確かめていると、目の前で出発間際の快速バスが隣県まで行くと分かり、あわててとびのった。


 通勤ラッシュでぎゅう詰めの中、一穂のスーツケースは非常に邪魔だった。スーツケースのせいで乗車出来なかった人さえいた。肩身が狭いまま一時間ほど立ちっぱなしでいると、じょじょに混雑はなくなり、ついには乗客は一穂一人だけになった。

 やっと席につき、カメラをかまえて車窓からの風景を撮影した。山道に差し掛かっており、のどかな風景が撮れた。なかなか幸先がいいぞ、と思っていたが、バスは一向に停まる気配をみせない。停留所を四つ過ぎたが、バスを待つ人はいなかった。

 

 山を登りきったところにあるバス停で降り、三停留所を歩いて山を下るバスに乗る。こんな辺鄙なところが交通の要衝になっているのかと不思議に思いながらバスを降りた。運転士は怪訝な顔で一穂を見送った。やはり、バスで県をまたごうなんていう酔狂な人間はそうそういないんだな。一穂は閉まったドア越しに運転士に会釈した。


 バスは来なかった。一時間待っても来なかった。スーツケースに腰掛けたまま、一穂は次第に不安になってきた。スマホで時刻表を確認すると、バスはとっくに来ているはずの時間だった。

 途中で事故にでもあったんだろうか。不安でたまらず、なにか情報はないかとバス停の時刻表を覗いた。


「……なんてこった」


『冬季は全線運休します』


 さっきの快速の運転士はこれを知っていて変な顔をしたんだな。一言なにか言ってくれてもいいだろうに。


 とにかく先程の快速が停まるバス停まで引き返した。そこでまた衝撃を受けた。まだ午前中だというのに、バスはもう終わっていた。寒空に雪雲が流れてきた。雪を避けられそうなところはない。途方にくれて、とりあえずカメラを回した。自分の情けない顔も撮影した。


「路線バスの旅、ここで終わりそうです」


 妙に覚悟を感じさせる声でナレーションを入れていると、軽トラが走ってきた。あわてて両手を振り回し軽トラを止め、無理を言って県超えさせてもらい、今日の目標地までたどり着くことができた。

 今日の旅の進捗状況をディレクターに報告すると、しこたま怒られた。軽トラに乗ったらダメだったらしい。


 そこは徒歩で下りるところだろ! と怒鳴られた。一穂は呼び戻され電車で帰社した。一日分の映像は番組には使えないのに、局内の人間がこぞって見に来て苦笑いして戻っていった。

 翌日、再出発した一穂は、旅の間、絶対に快速には乗らないと強く誓った。


 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ