あいたかった
あいたかった
何かが変わると感じた。彼女に会った瞬間に。それは恋なんていう生やさしいものじゃなかった。私の人生は彼女と出会うためにあったのだと確信した。
私は女だけれど今まで男性を好きになったことがない。女性が好きな人間なのかと思っていたが、女性にも特別な好意を抱くことはなかった。二十四年間、私は私だけのものだった。
けれどそれは違ったのだ。私は産まれたときから彼女のものだったのだ。
繁華街の交差点、道の向こうに彼女は立っていた。片側四車線の広い道だったけれど私には彼女の表情がはっきりと見えた。彼女は艶然として私を見つめていた。走り過ぎる車など見えなかった。彼女と私の間には何者も入り込めないのだと知った。
信号が青にかわり、彼女は私から目を反らして歩き出した。私は立ち尽くした。彼女は私のすぐ側を通りすぎた。彼女は何も言わなかったけれど、私についてくるようにと命じた。彼女は駅に歩いていき、電車に乗った。電車のなかで彼女から少し離れて立った。つくづくと彼女を見つめた。健康的に日焼けした肌、ショートカットは猫のような目によく似合った。
彼女が着ている制服は私の母校のものだった。同じ高校に通っているのも、私が彼女のものだという証だ。辛いばかりだった高校生活は、すべて彼女のためのものだったのだ。私の暗かった思い出がスポットライトで照らされたかのようにきらめいた。
二駅目で彼女は電車を降りた。ゆったりと改札に向かう。私は彼女が背中で示すとおり、後からついていく。
彼女の髪がさらさらとうなじで揺れる。そのうなじで彼女は私に命じた。ずっと側にいて、彼女を見つめ続けるようにと。
彼女が私を残して家に入っていった。彼女の住む家は大きくてきれいだった。金属の格子の向こうにさまざまな花が咲いていた。私は花の名前を知らない。いつか彼女が教えてくれるだろうか? その日のことを想像して、私は一人で笑った。
それから私は毎日、彼女とともに歩んだ。彼女が登校するときも、友達と遊びに行くときも、恋人とデートに行くときも、私は彼女とともに歩んだ。彼女がそう命じたから。デートしているときの彼女は本当にきれいだった。体の中から輝いていた。私には、私にだけはその光輝がはっきりと見えた。彼女の友達も恋人も見ることはできない。彼女は私にだけ、その輝きを見せてくれるのだ。
彼女の輝きが曇ったのは恋人と喧嘩をして離ればなれになったことが原因だった。彼女は嘆きの中で、私を心の慰めとして愛でてくれた。彼女の家の二階、彼女の部屋のカーテンの隙間から、彼女は私を見つめてくれた。目が合うとすぐにカーテンを閉めてしまうので私は彼女が私を見つめやすいように、彼女を見ていないふりをした。それでも私には彼女が見えた。彼女は優しく笑っていた。
彼女から大切なお願いをされた。恋人を殺してくれと私にねだったのだ。初めて彼女から命令以外の心を受け取った。私は舞い上がって声をあけて笑った。それから、ろくに帰っていなかったアパートにかけ戻り、包丁をタオルでくるんで、鍵もかけずに走り出た。靴を履く間も惜しかった。アスファルトを裸足で走った。
彼女の恋人の居場所は知っている。彼女をにらみつける無礼な女の部屋だ。
そこにたどりつくと、私は戸を叩いた。彼女のために働ける。嬉しくて嬉しくて笑いが止まらなかった。
しばらくして、彼女の恋人がドアを細く開けた。私はその隙間に足をねじこみ、無理矢理戸を開けた。恋人は尻餅をついた。私はタオルを放り出し、包丁を彼女の恋人の腹に突き立てた。何度も何度も。ああ、私は今、彼女の望む私になったのだ。私がなるべき私になったのだ。
私は真っ赤な血を浴びながら、いつまでも笑い続けた。遠くからサイレンが聞こえる。彼女が迎えを寄越してくれたのだ。私は立ち上がるとサイレンを鳴らす車を出迎えるために、彼女の元へ帰るために外に出た。
素晴らしい青空だった。産まれてから一番すきとおった青空だった。
ああ、早く彼女とこの空のことを語り合いたい。きっと彼女は私が見た青空を一緒に見たかったと言うだろう。そうしたら、私は話してあげるのだ。彼女がいる世界がどれだけ美しいのかを。
サイレンを鳴らしたまま車が止まった。黒い服を着た男が二人降りてきた。さあ、帰ろう。彼女が待っている。私は包丁を捨てて男たちに微笑みかけた。




