見つめているもの
見つめているもの
妻は動物が好きだ。むかし飼っていた猫もねこっかわいがりしていたし、今家にいるオカメインコとも、よく話しをしている。
そんな妻と動物園にいくと、かなりの時間をかけて見て回ることになる。ひとつひとつの檻の前で立ち止まっている時間が長い。
なかでもお気に入りなのは猿だ。妻は猿山の前に何分でも立っている。声をかけなければ一日中でも見ているのではないだろうか。ためしに猿を見ている妻の背中を、ずっと眺めていたことがある。真冬の寒い日だった。三十分で私の我慢が限界を向かえた。
「まだ見るのかい」
妻は声をかけても、しばらくぼんやりしていた。強い風が吹いて妻の前髪が乱れた。それを直しているときに、やっと私のことに気づいてくれたようだ。
「なあに、なにか言った?」
笑顔を浮かべてはいたが、それは私に向かっているものではないのじゃないかと思えた。私は妻の隣に立った。妻はまた猿山に目を戻した。
「猿が好きだね」
「好きだわ」
「かわいいかい?」
「醜いわ」
驚いて妻の横顔を見つめた。妻は微笑みを浮かべて猿を見ている。
「寒いと彼らはくっつきあって暖めあうでしょう。猿団子。あの猿はいつも猿団子の外側にいるの。あの猿はいつも猿団子の内側にいるの」
妻が指差した猿団子は三匹の猿が固まっているものだった。一匹の猿を左右から二匹の猿が抱きしめている。真ん中の猿はじっと目をつぶって暖かさを享受しているが、左右の猿は目を見開き寒さに耐えている。いや、それは勝手な妄想かもしれない。猿達にしてみれば、団子の皮になろうが餡になろうが変わらず寒いのかもしれない。
「外側の猿は皮膚病ね、毛が抜けて皮膚が見えているわ」
「あの猿が醜いのかい」
妻は微笑んだまま、猿だけを見つめている。
「どう思う?」
「なにが?」
「皮膚病の猿は醜いと思う? それとも美しいと思う?」
私は猿団子をもう一度見つめた。皮膚病の猿は他の二匹より寒さにまいっているように見えた。抜け落ちた毛が守っていた皮膚から寒さが見に染みているようだ。それも私の妄想だろうか。分からない。
「行きましょう、すっかり冷えちゃったわね」
妻は気がすんだようで猿山に背を向けた。いつも通りの彼女に戻って快活に笑った。だが、私はもう今までと同じようには彼女を見ることが出来ない。私は彼女の中にある恐ろしい、冷たい、醜いものを見つけてしまった。最後にもう一度、猿団子を見ようと振り返ると猿達は散り散りに離れて、どれがどの猿だったのかすら分からなくなってしまっていた。




