フキノトウの庭
フキノトウの庭
綾ばあさんは古風な庭を持っていた。きれいに刈りこまれた松と、孟宗竹の生け垣。春には福寿門の側に水仙が咲いて、庭の奥にフキノトウがはえた。
綾ばあさんには身寄りがなかったせいか、小さかった私を可愛がってくれた。遊びにいけば座敷に招いてお菓子をくれ、私の他愛ない話を楽しそうに聞いてくれた。昔の歌を歌ってくれたり、お手玉を教えてくれたのも綾ばあさんだった。たまに若い人の歌も知っていると言って、さだまさしの「ふきのとうのうた」というのを歌ってくれたが、残念ながらその頃の私は、「ふきのとうのうた」を知らなかった。
綾ばあさんがなぜその歌を知っていたか。私は綾ばあさんがフキノトウをこよなく愛していたからではないかと思う。
冬の寒さが和らいでくると、綾ばあさんはしょっちゅう庭に出てフキノトウがはえるあたりを見て回った。雪が積もった日は雪を手で掻いて地面をのぞいた。待ちに待ったフキノトウの最初の一個はテンプラにして食べる。そのあと続々とはえてくるフキノトウたちは、みんなまとめて佃煮になった。
大きなザルに山盛りに摘んだフキノトウを冷たい水できれいに洗う。
よく水気をきったら、みじん切りにする。フキノトウの青くさい初々しい匂いが台所に広がる。
昨年の初夏に摘んで冷凍しておいた山椒の実をたくさん、フキノトウと一緒に大鍋に入れる。
お醤油をたっぷり、お砂糖もたっぷり、鍋が真っ黒に染まる。
くつくつ弱火で煮詰めて煮詰めて、ほとんど汁気がなくなったら出来上がり。
山盛りのフキノトウがたった少しに減ってしまうのがもったいなくて、綾ばあさんに、佃煮じゃなくて全部テンプラにしたらいいと言ったことがある。綾ばあさんは私の食いしん坊を笑って、フキノトウの佃煮を包んだおにぎりを作ってくれた。山椒がひりひり痛かった。フキノトウ独特の苦味とえぐみが舌に残る。だけど私はフキノトウの佃煮に魅了された。
あんたは大人になったら酒飲みになるねと綾ばあさんが言ったとおり、私は夜毎、晩酌をする。
早春のツマミにはフキノトウの佃煮がかかせない。見習ったとおりに作っているのだが、綾ばあさんの味には遠くおよばない。山椒の刺激が弱まるし、フキノトウの香りも減ってしまう。フキノトウや山椒の質自体が違うのかも知れない。綾ばあさんの庭は奇跡のように美しかったから。
綾ばあさんが亡くなったとき、どこからか遠縁だというおじさんがやって来て、綾ばあさんの家を売ってしまった。綾ばあさんの庭は更地になり、今ではスーパーマーケットができている。私はそのスーパーマーケットでフキノトウと山椒の実を買ってくるのだ。まだ自分の庭を持たないから、綾ばあさんの庭だったところを行ったり来たりしながら買い物をする。柔らかな土は、硬いリノリウムの床に変わってしまって私の靴はキュッキュッと泥棒ネズミのように鳴く。空しく響いてスーパーマーケットの喧騒にかきけされる。
フキノトウの佃煮はチビチビとケチ臭く食べても、初夏には全部なくなってしまう。そうなると、次の春が待ち遠しくてたまらなくなる。来年はもっとたくさん佃煮にしよう。とは思うのだが、フキノトウはスーパーマーケットで買うと高いものだ。なかなか思うようには買えずにいる。いつか庭を持ったら、そこらじゅうフキだらけにして、フキノトウをたらふく摘むのだ。綾ばあさんの庭のように美しい庭にはならないが、食いしん坊の私には似合いの庭だ。
いつか出会う庭を夢見て春を待つ。




