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夏が逝く
夏が逝く
夕立がさっと過ぎて風が冷たくなった。
蝉の声が戻って来た。
仕事の手を止め一休みすることにする。
畳の上に枕だけを置いて横になる。
いつからだろう、蝉の声がミンミンからツクツクホウシに代わっている。
目を閉じると現実の夏の上に思い出の夏が薄い皮膜のように降りてくる。
風鈴の音、蚊取り線香の匂い、替えたばかりの青い畳、昼寝から起きるとスイカと麦茶が待っている。
けれど目を開けると、藁のように日焼けした畳とペットボトルの経口補水液、窓の外はゲリラ豪雨と激しい雷。
蝉はどこかに避難して子供たちが悲鳴を上げて駆けていく。
あの夏はもう二度と戻らない。
老いた体に鞭打って机に向かう。
小学生の頃から馴染んだ原稿用紙だけが今も昔も変わらぬたった一つの私の世界だ。
紙の上にあの日の熱を写しとって、また次の夏を待つ。