母のめにめに
母のめにめに
鬼の撹乱だ。母が寝付いた。
「めまいがひどいー、吐き気がするー」
と、うなりながら布団から出られない。食欲など欠片もないらしくずっと寝ている。
二、三日してなんとか起き出し医者へ行くという。
「メニエールだと思うのよね。何科だと思う?」
と自分で病名を決めようとする。
「迷うならまずは内科じゃない? 大きな病気だったら困るし」
「そうかねえ、メニエールだと思うんだけどねえ」
と言いつつも内科に行き、各種の検査を受け、内臓などは問題なしということでメニエールでもないだろうと耳鼻科に回された。
「名医よ!」
帰宅した私に母が興奮ぎみに報告した。
「あの先生、名医よ! 頭をつかんで、ちょっと回したらめまいが良くなったんよ! あっという間よ!」
うちからすぐ目の前の古い耳鼻科にその老名医はいたらしい。つい、目と鼻の先だ。
「名医よ」「名医よ」としつこく繰り返す。かなり感激したのだろう。
「それで、なんの病気だったの」
「あら、なんて言うんやっけ。とにかく、耳の中のぐるぐるしたところにある石が砕けてよそに行っちゃったからめまいになったんだって」
「ふうん。メニエールじゃなくて良かったね」
「いやあ、メニエールだと期待したんだけどねえ」
なぜかメニエールに憧れを持っているようだが、食欲も戻り一安心だ。
「3キロも痩せたとよ!」
うれしそうに、取り戻した食欲に逆らうことなくモリモリとご飯を食べつつ「痩せた」「痩せた」と喜んでいる。
名医にアルコールはしばらく控えるように言われたとかで殊勝にもビールは控えている。
私はお構いなく隣でビールをぐびぐび飲む。母の目に悲壮感が浮かぶが、まあ、止められているのは二、三日のことだ。
すぐに母の目方も元に戻るだろう。