母のまにまに
母のまにまに
母には一人言を言うクセがある。料理をしながら、廊下を歩きながら、なにやらブツクサ言っている。
若いときからの変わらぬクセだが、古希を越えて更にひどくなっているように思う。最近では一人言では飽きたらなくなったようで妹が飼っているオカメインコに話しかけている。
「ねー、おなかすいたね、おねえちゃんまだ帰ってこないねー」
などとオカメインコを末っ子扱いしている。妹のオカメインコはメスなので言葉は覚えない。話しかけても「ギャース!」と鳴くだけだ。それでも母は満足らしい。
あまりに一人言が大声なので話しかけられているのかと思い返事をしてみたことがある。
「わ、びっくりした! いたの?」
という反応が返ってきた、完全なる一人言であることがわかった。
母は古希を過ぎても外で働いている。日がな一日、働いていないと息ができないサメのような人だ。私より早起きして先に家を出ていく。一人言を言いながら。
ある日、私が体調不良で欠勤し部屋で寝ていると、母が早い時間に帰ってきた。
「ただいまー」
誰もいない(と母が思っている)家に向かって帰宅の挨拶。
「あー、疲れた。暑くて疲れた。のどカラッカラ。汗クサーイ」
服を着替えるのか水を飲むのかと思って聞いていると、すぐに掃除機の音がしだした。どうやら汗かきついでに掃除をしてしまうらしい。
母の声は大きくて掃除機をかけながら一人言を言っているのが丸聞こえだ。
「ほんとに暑いわー。ねー、たまらんよねー。あんたも暑いやろ」
またオカメインコに話しかけているのか、好きだなあと思っているとオカメインコの小屋の方から玄関の方へ母の声は移動していく。しかしおしゃべりは止まらない。
「今年の暑さは異常やもん。あんたも体壊さんようにせんと」
声は聞こえないがお客さんが来ているのだろうか。それにしては客を放っておいて掃除機はないんじゃなかろうか。
突然、部屋のドアが大きく開いて母の「あら、やだ! いたの?」という叫び声が飛び込んできた。
「お客さんが来てるの?」
聞いてみたが母はキョトンとしている。
「来とらんけど」
「誰としゃべってたの?」
「誰とって?」
「体壊さんようにって言ってたよね」
「ああ、掃除機のはなし」
どうやら母のおしゃべりはオカメインコ相手では飽きたらなくなったようだ。