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幽霊のいないこの世界

幽霊のいないこの世界

 思えばあれは子ども特有のヒステリーだったのかもしれない。二十歳を越えてからというもの、幽霊を見なくなった。そもそもあれが幽霊だったのかどうかさえ、僕にはもう知りようがない。


 いつも何かの影が見えていた。それがいつからだったのか覚えてはいない。もしかしたら産まれたときからだったのではないだろうか。それが見えることを誰にも言ってはいけないのだと物心ついた頃には知っていたところをみると、それ以前に何かしらあったのだろう。誰かに話したことによって叱られただとか、気味悪がられただとか、そういうことが。

 影はどこにでもいた。自分の影と同じくらい近くにいた。朝も昼も夜も、入れ替り立ち替り色々な影が僕のそばにやってきた。恐いと思ったことはない。嫌だとも思わなかった。それが僕の当たり前だったから。


 見えなくなってしばらくは、そのことに気づかなかった。なんだかいつも晴れているような変な気持ちで過ごしていて、ある日唐突に僕にはもう影が見えなくなったのだと理解した。何かしらの喪失感が淡く胸に湧いたが、それ以上の感慨はない。

 死んだらあの影のようになるのか、それとも形もなく消滅するのか、そんなことは僕には分からない。けれどもし何もなくなってしまうとしたら、僕はこの世界に何を残せるだろう。


 つらつらとそんなことを考えながら、エレベーターに乗った。朝、自宅があるビルの十階から降りていく間、いつも考えている。古い古いビルの古い古いエレベーターはとてもゆっくり下降して、同時に僕の思考も昔へ戻るのだ。


 チン、と音がしてエレベーターが止まった。三階だ。時おり、気まぐれなのように止まることがある。扉が開いても誰の姿もない。だが、なぜかそこに何かいるような気がして、僕は隅によける。エレベーターは静かに閉まり、ゆっくりと降りていく。それだけだ。ただ、それだけだ。

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