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恋のけむり

恋のけむり

 宝物庫の管理者になって数百年が経った。ヒラメは今日も重い閂を外して宝物庫に入る。閂などかけなくとも竜宮城に乙姫の宝物を盗むようなやからはいない。城にいるのは鯛やヒラメ、ウミガメ、ヒトデ、どれも乙姫に忠実だ。ヒラメも金銀珊瑚に興味などなかった。竜宮城に太郎がやってくる、その時までは。


 竜宮城の中でウミガメは特殊な存在だ。乙姫の使いで陸にある珍しいものを蒐集する任にあり、定期的に陸に上がる。その日も砂浜に上がり砂の中から形の良い流木を掘りだそうとしていた。


 そこへ人間の子らが、歓声を上げて駆け寄ってきた。ウミガメは命の終わりを覚悟した。人間はウミガメを捕らえては甲羅を剥ぎ、その肉を食べる。子供といえどもその価値は知っている。子らはウミガメに飛びつき奪い合った。ひれを引っ張り甲羅に上る。ウミガメは苦しみに涙をこぼした。


「こらこら、子供たち。カメをいじめてはいけないよ」


 たくましい若い男が割って入った。


「かわいそうだろう。放してあげなさい」


「いやだよ!」


 子らはウミガメの甲羅にしがみついた。


「ウミガメ鍋を食べるんだ。放すもんか」


「仕方ないなあ」


 男は懐から布袋を取り出すと子らに数枚ずつ銅銭を手渡した。


「代わりにこれでお菓子を買いなさい」


 子らは互いに目配せして小銭を受け取り大喜びで走って行った。


「ふふふ、子供は本当にバカだなあ。べっこうを売ればあの金の何倍儲かることか」


 そう言って男はウミガメに手をかけた。


「お待ちください!」


 ウミガメは声を張り上げる。


「私を助けてくださるなら、竜宮城へお連れします。竜宮城にはそれはそれは美しい乙姫がいて、金銀財宝もうなるほどあります。私の恩人と言えば、乙姫はきっと宝を差し出すに違いありません」


 男はニヤリと笑った。


「分かった。連れて行ってくれ。乙姫とやらと取引をしてもっと儲けてやる」


 ウミガメは男の強欲さに不安になりながらも命惜しさに竜宮城へと男を案内した。


「ようこそ、竜宮城へ。どうぞごゆるりとおくつろぎください」


 男は乙姫を一目見るなり野心を捨てた。この世のものとは思えない美しさの乙姫を得るためなら善人になる覚悟だと見えた。浦島村の太郎と名乗った男は朝から晩まで乙姫の足元にすがり愛の言葉を囁いた。乙姫は微笑を浮かべて太郎の求愛をひらりとかわす。それでも諦めない太郎の情熱をこっそり覗く者があった。ヒラメだった。


 竜宮城に住む魚達は乙姫の力で人型に姿を変えていた。ヒラメも例に及ばす、手足を持ち人間の言葉を話した。しかしヒラメはヒラメだった。茶色で白い斑点が浮いた肌、ヒレが短かったために寸足らずな手足。


 太郎は凛々しく美しい顔立ちと日焼けした長い手足を持っていた。竜宮城にいる魚たちとは比べ物にならない。その姿も、乙姫に向ける情熱も男らしい。毎日見るたびにヒラメの中に恋心が育っていった。けれど太郎は乙姫以外の何者も見ていない。醜いヒラメなどなおさらだ。ヒラメはため息を零し続けた。そのため息を螺鈿の玉手箱に吹き込んでは苦しい思いを慰めていた。


 太郎が陸へ帰ると言い出した。いくら言い寄ってもなびかない乙姫に見切りをつけて宝物を持って地上に戻り、人間の美女を娶るつもりだった。乙姫は太郎のしつこい求愛から逃れられてほっとして、数々の宝を土産に持たせた。ヒラメは太郎と離れることに耐えられなかった。せめて自分の気持ちに気付いてほしかった。


「太郎様」


 ウミガメにまたがり竜宮城を出た太郎をヒラメは追った。太郎は鬱陶しそうにヒラメをチラリと見やった。そんな視線でもヒラメにとっては宝だった。


「玉手箱を差し上げます。けれどけして開けてはなりません。あなた様のためになりませんから」


 螺鈿の玉手箱を太郎は嬉々として受け取った。中にはヒラメの嘆息が詰まっているとも知らずに。

 ヒラメは太郎に手渡す直前、最後のため息を玉手箱に吹き込んだ。それは今までの恋心とは違う、呪いだった。太郎がヒラメの言葉にどう動くか試すための。


 地上に戻った太郎は忠告など聞かずさっそく玉手箱を開けた。ヒラメの嘆息がけむりとなって太郎に纏わりついた。払っても払っても取れない。呪いは太郎に老いをもたらした。

髪は白くなり、肌には深い皺が刻まれ、腰は曲がった。太郎は乙姫の恨みだろうと思った。乙姫を捨てた太郎への未練なのだろうと。哀れなヒラメのことなど自惚れた太郎には思いもよらない。


 ヒラメはそれを十分に分かっていた。それでも賭けていたのだ。太郎が玉手箱を渡した自分を憎むことに。太郎が自分の言葉に耳を傾けて蓋を開けない可能性に。だがその思いは叶わなかった。けれどヒラメは永久にそのことを知ることはない。


 今もヒラメは海の底深く、若々しいままの太郎が玉手箱のことを忘れ去って幸せに暮らしていることを夢に見る。

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