なくしたものはとうめいな
なくしたものはとうめいな
何をするのも億劫で、できることなら布団から出ずに木の根にでもなってしまいたい。
それが最近の美弥の日々だ。学校も友達もバイトも親の小言も何もかもどうでもいい。ただ体がだるかった。
二ヶ月前に学校で健康診断を受けたばかりだから健康に問題はないだろう。だが疲れがたまっているだけというにはだるさがひどい気がしている。
それでも何もせず日々を過ごして二週間が過ぎた頃、ふと、ほくろがなくなっていることに気付いた。手の甲に二つ、やや離れてぽつぽつとあったのだが消えてしまっていた。
全身を点検してみるとほくろはひとつも見当たらなかった。それどころか嫌いだったソバカスもなくなっていた。ソバカスとオサラバできたことで久々に気持ちが上向いた。
けれど、だるいことには変わりはなく、美弥は食事する気にもなれず寝て過ごした。そうなるとさすがに両親も、これは怠けではない、ただ事ではないと気付いて、美弥を病院に連れていった。内科、循環器科、精神科、何度も検査を受け、そのたびに美弥は倒れそうなほどに憔悴した。
食事ができなくなり栄養点滴だけで過ごしているので、みるみる痩せていった。両親は心配してなんとか口に入るものを見つけようとしたが、美弥はどんなものも受け付けなかった。
美弥の肌色が白くなっていることに気付いたのは母親だった。食べないせいで貧血になっているのかと、また病院に連れていったが、美弥の血液には問題はなかった。
それでも美弥はどんどん白くなっていく。唇も髪も白くなり医師も慌てたが検査をしても悪いところは見つからなかった。
美弥は日の光を異様に眩しがるようになった。カーテンを閉めきった部屋で横になっている。そうするとだるさが少し楽になるような気がするのだが、やはり体は動かなかった。
母方の祖母が亡くなったと連絡があったのはそんな時だった。祖父はすでに他界しており、母は一人娘なので喪主をつとめねばならない。
母は美弥を心配して、無理に一緒に連れていこうとしたが、部屋から出て光に当たった美弥の目から涙がポロポロとこぼれるのを見て諦めた。父が家に残り美弥を見ていることになった。
父は美弥の枕元に付いていたがったが、美弥は人がいるとだるいからと父を部屋の外に出した。父が出がけに振り向くと、色が抜けて真っ白になった美弥は薄暗い部屋の中で輝いているように見えた。
美弥は横になったまま自分の手をぼんやりと見ていた。どこまでも白くなった手は蝋のようにも見える。だが美弥はだるさのせいで考えることもできなくて、ただただ自分の手を見ていた。
すうっと体が軽くなった。美弥はぼんやりとした頭で軽くなった自分を観察した。自分の手を目の前で動かしてみる。手はひらひらと軽く踊った。嬉しくなって腕を天井に向けて伸ばした。腕は軽々と持ち上がった。
しばらくそうしていると、指先から空中に浮かんでいきそうなほどに体は軽くなり、美弥は天井に向かって立ち上がった。
指先が透明になった。手のひらが、ひじが、肩が透明になった。頭が、胸が、腹が透明になった。足の先まで透明になった。
そうして美弥はいなくなった。
美弥の部屋を覗きにきた父が、美弥が消えたことに気づき家中を探し回った。外に飛び出し宛もなく走り回った。帰ってきた母が父を罵り、やはり近所を走り回った。
どこを探しても美弥はいない。だって消えてしまったのだから。透明になった美弥は誰にも見えないのだから。
美弥を知っている人に聞き尽くした。警察にも届け出て毎日捜索具合を聞きに行った。だが何も知らせはなく誰も美弥の行く方を知らなかった。
父も母も空っぽだった。美弥をなくして空っぽだった。透明で禍禍しい時を過ごしていた。
美弥がどこかで無事に生きていると願って。美弥が透明になってしまったとも知らないで。
白くなった美弥は自分の魂さえ白く染めたとも知らないで。
父も母も探し疲れていつしか美弥のことは透明になっていく。どこまでも軽い透明になっていく。