愛より意味のある名前
愛より意味のある名前
名前がヘンだと小学校で笑われたのだと言ってかおるこが泣きながら帰ってきた。漢字がないのも、「かおる」の後ろに「こ」がつくのもヘンだと同じクラスのキラリちゃんが言ったらしい。
「今どき『こ』がつく名前はダサいって」
今どきの子どももダサいという言葉を使うのかと妙なところに感心していると、かおるこが上目使いで私をにらんだ。
「ママ、また変なこと考えてるでしょ」
「そんなことないわよ、一生懸命考えて聞いてるわ」
あわてて真面目な顔をしたけれど、かおるこはすねてしまって、自分の部屋に駆け込んでしまった。
「あららー」
かおるこはそのまま夕飯まで部屋に閉じこもっていた。私が呼んでも無視してたけれど、
パパの声を聞くと素直に部屋から出てきた。
「パパ、ママがひどいの」
おっと、そうきたか。
「ママに何をされたんだ?」
「私の話を真面目に聞いてくれないのよ」
「聞いてたわよお」
パパは私の顔を半眼の疑わしげな目付きで見ている。
「またどうでもいいことを考えてたんだろ」
「そんなことないわよ、ちゃんと聞いてたわよ」
かおるこも私を疑わしげな目付きで見ている。
「じゃあ、なんて言ってたか覚えてる?」
「名前のことでからかわれたって」
「ほら、違う! からかわれたんじゃなくて、バカにされたの!」
顔を真っ赤にして怒るかおるこにパパが言う。
「言葉っていうのは受けとる側によって意味合いが変わって聞こえるからなあ」
「ひどい、パパまで! 私の言うこと信じてくれないの?」
「信じるさ、信じるけど……」
「もういい!」
怒ったかおるこは、また部屋に駆け込むのかと思ったら、食卓について猛然と夕飯を掻きこみはじめた。私はパパに目で合図して、かおるこのご機嫌を取るように命じた。パパは悲しそうな顔をして拒否してきた。
「二人とも私のことめんどくさいと思ってるでしょ」
かおるこは私たちをじっとりとにらんでいる。
「そんなことないってば。一生懸命聞くよ。さっきはちょっと口がすべったの」
私の言葉を無視してかおるこはシュウマイを頬張る。
「ママが頼りなくてもパパがちゃんと聞くぞ」
ふう、と深いため息をついてかおるこは箸を置いた。
「私の名前、何か意味がある?」
「いみ?」
「どんな子どもに育って欲しいかっていう願いとかだよ」
私は言葉につまった。パパは天井のあたりに視線を浮かべて「えーと」と頭をかいた。
「適当につけたんだ! ひどい!」
かおるこの目にみるみる涙が浮かぶ。
「適当じゃないわよ」
私はとびきりの笑顔で答えた。
「パパとママの名前からとったのよ」
「……」
かおるこはしばらく首をひねって考えていたと思ったら、眉をひそめてドスのきいた低い声を出した。
「パパの名前は『とおる』よね」
「そうだよ」
パパが答える。
「ママの名前は『かよこ』よね」
私は答える。
「そうよ」
「それがどうして『かおるこ』になるのよ!」
「パパの名前から『お』と『る』。ママの名前から『か』と『こ』を取ったんだ」
「なんでそんな変な取り方するの! 普通に『かおる』でいいじゃない!」
「それじゃパパの名前ばっかりじゃない、ずるいわ」
「なら、『とよこ』とか」
「それじゃママばっかりじゃないか」
「だからって……」
「かおるこ、あなたはパパとママの間に産まれた大切な子どもだから、パパもママも平等に愛したいし、愛されたいのよ」
「ママ……」
「そうだよ、かおるこ。パパもママも名前のことをゆずれないくらいかおるこを愛してるんだよ」
「パパ……」
かおるこはうつむいて、はーあ、と深い深いマリアナ海溝のようなため息をついた。
「愛より、意味の深い名前が欲しかった」
私もパパもなんとも言う言葉を見つけられずにそっぽを向いた。かおるこは残ったご飯をかきこむと私とパパの分の皿にも手を伸ばした。
「それ、俺の……」
「名前を分けてくれるなら、おかずくらい分けられるでしょ!」
ものすごい勢いで三人分のおかずを平らげて盛大なげっぷをしたかおるこは、ご機嫌がなおったようで笑顔で立ち上がった。
「ごちそうさまー」
さっさと食器を片付けて部屋に戻ってしまう。私はパパと目を合わせて笑いあった。
「晩ご飯、まだある?」
「カップラーメンが一つだけあるわ」
「半分こするか」
仲良く半分こしたカップラーメンは『豊の国』という渋い名前で、かおるこの下に子どもができたら『とよ』と名付けようかと冗談を言い合った。もし産まれたら、もし小学校生になったら、きっと今日みたいに怒られるだろうけど。
それでも私たちはかおるこに、かおること名づけることができたことを嬉しく思うよ。