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春と夏のあいだの宵の口

春と夏のあいだの宵の口

昼間は半袖でも汗をかくほど暑かったのだけれど

日が暮れかかったら途端に気温が下がって

腕にかけていたジャケットを羽織った。


営業周りが終わる頃には足がパンパンにむくんで、ヒールの高い靴を投げ捨てたくなる。

だけどぺたんこの靴じゃ背の低い私は子供みたいにしか見えない。

保険なんていう信用だけで成り立っているシロモノを勧めるのだから、頼りがいありそうに見せることは大事だ。

実際がどうでも、見かけだけはなんとかしなくちゃ。


社名がデカデカと書いてある軽自動車のエンジンをかけてコインパーキングを出る。

苦手だった運転も最近はなんとか様になったと思う。とりあえず、なんなくバックで駐車できるようになった。


赤信号に引っかかって止まる。長いんだよね、この信号。


教習所に通っていた頃は散々だったなあ。

縦列駐車はできない、バックで駐車はできない、加速はできない、進路変更はできない、なんにもできないのによく運転免許がもらえたものだ。


当然のように試験も何度か落ちた。

そういえば、何度か落ちた試験の時にいつも一緒だった男の子がいたっけ。

男の子で運転が苦手な子もいるんだなって新鮮な気持ちで見てた。

あの子、名前なんだっけ。

しゃべったこともあんまりなくて。


『俺、フェラーリが好きなんだ』


そう、たしかそう言っていたっけ。


『免許を取ったら頑張って運転の腕を磨くんだ』


私はあの子がそう言うのを、空を飛びたいんだって言う人を見たような気持ちで見てた。


『運転がうまくなるまでの間にお金を貯める。住むところも食べるものも、どうでもいい』


『恋人は?』


私が聞いたらあの子はビックリして目を丸くした。鳩みたいな顔だなと思った。


『そんなの、無理だから。俺、もてないし、無理だから』


二度も無理だと言われたことが可笑しくて、笑いをこらえようと思ったんだけど無理で、ぷっと吹いてしまった。

あの子は少し傷ついたみたいな表情をしたけど、すぐに真顔に戻った。

そして遠くを見た。まるで未来を見るみたいに。


あ、いいな。


と思った。


今くらいの季節だった。夕焼けが終わった頃だった。

ひんやりと昼間の熱を冷ますような風が吹いていた。

私とあの子は世界に二人だけ、分かりあったんだと思う。

その未来を見ることはないだろうし、あの子はいつか恋をするだろうし、私もあの子もいつまでもここにはいないし、二人はきっと今だけこんなに近くにいるのだと。


信号が青に変わった。ぐんとアクセルを踏んで加速する。すぐに車線変更して次の角を右折。そうしたら会社はすぐだ。

私はもう子供じゃない。

あの子もそうだろう。縦列駐車はできなくても大人にはなる。なってしまう。

だけど、あの日はずっと変わらず、今もあそこにあるんじゃないかって気がする。


春でもなくて、夏でもなくて、昼でもなくて、夜でもない。

恋でもなくて、だけどせつない。

そんな短い時の思い出。

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