赤いニット帽
赤いニット帽
「でね、その幽霊は赤い毛糸の帽子をかぶってるんだって」
「ぷっ」
「なによ! なんで笑うのよ!」
「だって赤いニット帽かぶった幽霊なんて怖くなんかないだろ。喜劇だよ、コントだよ」
「まじめに聞いてよお。私、聞いた時、本当に怖かったんだからあ」
「分かったって。それで、ニット帽野郎がどうしたって?」
「それでね、幽霊を見ちゃったら呪われて」
「ぷぷっ」
「もお! 笑わないでよ!」
「悪い、ごめん、真面目に聞くから怒らないで。それで、どんな呪いだって?」
「ぜったい不真面目に聞くに決まってる」
「いや、マジです。マジで聞きます。それで?」
「それで、ニット帽をかぶせられて一生取れないんだってさ!」
「うわっはっは、ご、ごめん、っはは、あっはっはっは」
「…………」
「あー、笑った。悪い。ごめんって、ほんとごめんなさい」
「…………ろ」
「茉由? なに言ってんの? 聞くからさ、怒んないで話してよ」
「……れろ」
「え、なんて?」
「呪われろ、呪われてしまえ」
「茉由? 何言ってるんだよ」
「呪われてしまえ!」
「うわあ!」
「ぷぷっ」
「……え?」
「うわあ、とか言った! うわあ! だって。きゃははははは」
「う、うるさいな! 突然殴られそうになったら誰だって驚くだろ!」
「殴ったりしませーン」
「ええ? じゃあ何を……」
「こ・れ」
「え、これって」
「バレンタインのプレゼント。ちょっと早いけど、編みあがって嬉しかったから今日持ってきちゃった」
「じゃあ、さっきの怪談って……」
「うん。前フリだよ。普通に渡したら面白くないでしょ」
「面白さとか求めないから! 普通に渡して!」
「あ、恐かったんだ」
「恐いよ、自分の彼女が急にイタコみたいになったら」
「イタコってなによお。私、おばあさんじゃありませんから」
「ばあさんみたいな声出してたじゃないか」
「ええ? そう?」
「そうそう。呪われてしまえーって迫力あったよ」
「え? 私そんなこと言ってないよ」
「や、言ったじゃん」
「言ってないって」
「嘘つくなよ」
「嘘じゃないって」
「うそ……つくなよ……」
「え、拓郎?」
「う……、いてぇ……」
「やだ、拓郎、拓郎!」
「あ……が……」
「拓郎、やだよ、しっかりして、拓郎!」
「帰って来る。帰って来る。幽霊は赤いニット帽をかぶってるんだから。帰って来る。ニット帽があれば帰って来る」
「ああ、拓郎。やっぱり似合うよ、赤いニット帽」
「……っていう呪いのニット帽がこれ」
「お前、もっと面白い話はなかったのかよ。酔いが醒めちまったぞ」
「いやいやいや、これ、本当の話だから。このニット帽だって、茉由の両親からもらったんだから」
「知り合いの話かよ!」
「うん。幼馴染み」
「お前、よく平気な顔で友達をネタにできるな。もういいから脱げよ、そのニット帽」
「いや、やめといた方がいいよ、それは」
「うるせんだよ。悪ふざけが過ぎるって言ってんの。ほら、とれ」
「……あーあ。とられちゃった」
「なんだよ、文句あるのかよ」
「呪われたよ」
「は?」
「次は君の番だ」
「あ? おい、どこに行った? おーい、悪ふざけはやめろって。出てこーい。ち、電話か。だれだよ、今時ラインしろよな」
「おふくろ、何。何か用? は? 裕が? 何言ってんだよ。冗談にしちゃ面白くないぜ。裕なら今ここで俺と飲んで……。え? 嘘だろ、だって。葬式って、裕は今までここに……」
「おい、裕! 裕どこだよ! ふざけてないで出て来いよ! 裕! 裕……、嘘だろ……、だってここに赤いニット帽が……、だってこれは、呪いの……」