『真実の四季』
昔々、とある国に、不思議な力を持った、美しい四人の娘がいました。
四人が持っている不思議な力は、国に季節を与える力。
国の中で一番高い塔に、四人が交替で住むことによって、その国には季節が生まれるのです。
四人の娘は季節を司る女王様として、春の女王様。夏の女王様。秋の女王様。そして、冬の女王様と呼ばれて国民達に愛されていました。
女王様達は、自分が担当する季節の間、塔から出ることを許されません。
国民達はそんな女王様達の為に、おいしい食べ物を届けたり、歌や踊りを披露しようと塔に訪れてくれます。
四人の女王様達は、そんな国民達に毎日お礼を言います。
「とてもおいしい食べ物をありがとう。素晴らしい歌と踊りだったわ」
国民達はその言葉に喜び、次の日も、そのまた次の日もやってきます。
女王様達は、そんな国民達の優しさに、お礼を言い続けます。毎日毎日。次の年も。そのまた次の年も。
しかし、不思議な力を持っていても。女王様と呼ばれても。四人の娘だってみんなと同じ、気持ちを持った一人の人間です。
何年も交替しながら塔の中に住み続けるのが、本当は嫌だったのです。
国民達は女王様達のために毎日訪れてくれます。
でも、おいしい食べ物も素晴らしい歌や踊りも、毎日続けば心に響かなくなってしまいます。
ある年の冬。春の女王様は言いました。
「わたしはもう……あの塔に閉じ込められたくない」
塔に住む。それは、女王様達にとっては、塔に閉じ込められて出させてもらえないのと同じことなのです。
春の女王様がつらそうに出した声に、夏の女王様と秋の女王様も悲しそうな顔を見せます。
夏の女王様と秋の女王様も、春の女王様と同じ気持ちだったからです。
やがて、冬が春に変わらなければいけない頃。
春の女王様は、塔に閉じ込められている冬の女王様に会いに行きました。
「冬の女王様……ごめんなさい。わたしはまだ、交替したくありません」
春の女王様は涙をぼろぼろこぼし、塔の冷たい床に崩れ落ちながら正直に言いました。
それは冬の女王様に、まだこの塔に残っていてほしいというわがままなお願いです。
春の女王様は酷いことを言っているのはわかっていました。それでも我慢できなかったのです。
「そんなに泣かないで。私は大丈夫だから」
冬の女王様は優しく微笑むと、座り込んで泣き続ける春の女王様をそっと抱きしめました。
「もう少しだけ、私の季節を続けましょう。あなたの分の時間を、私が代わりにここで過ごすわ」
「でも……それじゃあ冬の女王様が」
冬の女王様の言葉に、春の女王様はハッと顔を上げました。
冬の女王様が塔に閉じこもり続けると、いつまで経っても冬は終わりません。
「大丈夫よ。私は元々嫌われ者だから。少しくらい嫌な顔をされても平気よ」
国民達は女王様のために塔を訪れます。でも、それは春と夏と秋だけです。
食べ物が育てられない。動物もたくさん死んでしまう。寒くて辛い冬の季節は、国民にとっては嫌な季節なのです。
そしてその季節を国に与える冬の女王様は、国民達に嫌われているのです。
冬の女王様が塔に住んでいる間に届けられるのは、乾いたパサパサのパンと、味の薄いスープだけ。
歌や踊りを見せてくれる国民達もいません。
冬の女王様だけは、暗く冷たい塔の中、一人ぼっちで冬を過ごしているのです。
「でも冬が長すぎると国民達は困ってしまうわ。だから、そうならないくらいにしてちょうだいね?」
「うん。ごめんなさい……少しだけだから」
春の女王様はそんな冬の女王様のことをわかっていても、甘えてしまいました。
少しだけ。本当に少しだけ。すぐにちゃんと交替しよう。
それから一日が過ぎ、三日が過ぎ、一週間が過ぎました。
国民達は不思議に思い始めます。春が来るのが遅すぎないかと。
二週間が過ぎ、三週間が過ぎ、一ヶ月が過ぎた頃。
国民達は焦り始めました。
いつまで経っても冬が終わらない。このままじゃ食べるものが無くなってしまうと。
国民の声を聞き、困ってしまったその国の王様は言いました。
「冬の女王を春の女王と交代させたものには、好きな褒美を取らせよう。ただし、冬の女王が、また来年も冬を始められる方法しか認めない。命を奪ってはならない」
冬を終わらせれば、なんでも好きな褒美がもらえる。
国民達はこぞって塔に押しかけました。
しかし、その手には食べ物を持っているわけでもなく、歌や踊りを披露してくれる人もいません。
「さっさと冬を終わらせろ!」
「塔から出ていけ! 春の女王様と交替しろ!」
国民達は冬の女王様に向かって、大きな声で言います。
朝から夜まで一日中。ただ出て行けと。お前なんか嫌いだと。
心無い国民達の声を、冬の女王様は受け止め続け、そしていつも最後にこう言うのです。
「……ごめんなさい」
溢れそうになる涙を堪え、唇を噛みしめて、毎日毎日ただただ耐え続ける冬の女王様。
そんなある日。
国民達が寝静まった夜遅い時間。
塔に、春の女王様が訪れました。
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
春の女王様は冬の女王様に泣きながら謝ります。
「いいのよ。私は大丈夫だから、気にしないで? それより、あなたの心は決まったかしら?」
冬の女王様は、前と変わらない優しい微笑みで春の女王様に声をかけます。
しかし、その表情には少しだけ元気がありません。
春の女王様はそれを見て悲しくなりました。わたしは、なんてわがままなんだろうと。
「ごめんなさい……やっぱりわたしは」
冬の女王様の優しさを。その元気の無い表情を見ても、それでも心は決まらなかったのです。
「そう……大丈夫よ。なら、こうしましょう」
冬の女王様は怒りません。優しくそっと、春の女王様の手を握ります。
「あなたが持っている不思議な力、春をもたらす力を渡しなさい。あなたの代わりに、私が春の女王にもなるわ。それなら、春も訪れるでしょう?」
春の女王様は嬉しそうに顔を上げてしまいました。
でもすぐに、自分の身勝手さに気付いて俯いてしまいます。
「私は大丈夫。あなたの春の力のおかげで、国民達にも愛してもらえるから」
「……ほんとうに?」
「えぇ、本当よ。その代わり約束して? あなたには自由に、幸せになってほしい。それが私の、あなたへのお願いよ」
春の女王様はこくこくと頭を振って頷きます。
二人が繋いだ手と手の間に、春の力が流れていきました。
「これで私は冬と春の女王。そしてあなたはただの一人の女の子よ。じゃあ……元気でね」
「うん……ごめんなさい。ありがとう……!」
抱えていた重い荷物が無くなって、一人の女の子は元気に塔を出て行きました。
冬の女王様は塔の中で、誰にも伝えることなく春へと季節を変えました。
翌朝、国民達は大喜び。王様も一安心です。
しかし、一体どこの誰が季節を変えたのかを、知っている者はいません。
国民達はさっそく塔へと向かいました。
たくさんのおいしい食べ物。歌や踊りの上手い者。
こぞって塔に押しかけましたが、女王様は扉を閉じて開こうとはしてくれませんでした。
扉の向こうから、春の女王を呼ぶ国民の声。その声に耳を傾けながら、冬と春の女王様は、一人呟きます。
「私が姿を見せてしまったら、あなたが春の女王の役目から逃げたとばれてしまうものね……」
女王様は一人ぼっちの部屋の中で、今はただの女の子になった春の女王様を想いました。
扉の向こうから聞こえてくる綺麗な歌声。国民が寝静まったころ、扉を開けると置かれているおいしい食べ物。
今まで誰にも愛されることの無かった冬の女王様にとっては、それだけで十分だったのです。
やがて春も終わりに近づき、夏の女王様と交代しなければならない頃。
塔に夏の女王様が訪れました。
「あのさ……アタシも、夏の女王をやめたいんだけど」
春の女王様から話を聞いたのでしょう。
夏の女王様はぽつりぽつりと冬の女王様に伝えました。
「そう……わかったわ。秋の女王様……あなたもそうなのでしょう?」
扉の陰に隠れるようにして、部屋の中を覗いていた秋の女王様。
冬の女王様の言葉におずおずと頷きます。
「あなた達の力も私が受け取るわ。そして国民達には秘密にする。……その代わり約束してちょうだい。あなた達も幸せになってね」
「うん……約束する。ありがとう」
「……ありがとうございます」
夏と秋の女王様は、冬の女王様に力を渡して塔を出て行きました。
四つの季節の力を持った女王様は、一年中塔に閉じこもり続けました。
夏も秋も、女王様が扉を開けることはありませんでした。
いつまで経っても姿を見せない女王様を、国民達は不思議に思い始めました。
しかし、やがて冬が訪れれば、それも薄れていくのです。
冬の女王様のために、塔を訪れる者は誰もいません。
そんな寒く厳しい冬のある日。
その国の王様のところに、三人の美しい娘がやってきました。
「そなたらは何者だ」
王様は季節を廻らせることにしか興味が無く、四人の女王様の気持ちはおろか、顔すらも知りませんでした。全て家臣に任せていたのです。
「わたしは、この国で春の女王をつとめていた者です」
「アタシは、この国で夏の女王をやってた」
「ワタシは……秋の女王を」
春と夏と秋の女王様。その三人が揃って会いに来たのは初めてのことでした。
王様は初めて会った三人の女王に、一つ頷くと、淡々(たんたん)と礼を言います。
「そうか。いつも世話になっているな。これからもよろしく頼むぞ」
「いいえ。わたしは前の春から女王をしていません」
「アタシも一つ前の夏までしかやってない」
「ワタシも……」
王様は目を丸くして驚きました。
季節は廻っているというのに、三人の娘は、一つ前の季節までしか女王をつとめていないと言ったのですから。
「では……今年はいったい誰が女王をしていたというのじゃ」
「冬の女王様です」
三人は声を揃えて言いました。
三人の願いを。力を。想いを受け止めてくれた、大切な人です。
「なぜそんなことになったのじゃ? そなたらはどうして女王はやめてしまったのじゃ?」
王様は三人の気持ちがわかりませんでした。
季節を廻らせるということだけを考えて、娘たちの気持ちなんて考えたことも無かったのです。
「わたし達はあの塔に閉じ込められるのが嫌でした」
「どうしてじゃ。食べ物だってたくさん届けて、歌や踊りも楽しめたじゃろう」
「毎年あの塔に閉じ込められていれば、それもすぐに飽きてしまいます。わたし達は自由になりたかった」
王様はうなり始めました。娘の言葉を聞き、ここで初めて娘たちの気持ちに気付き始めたのです。
「冬の女王様は、そんなわたし達の身代わりになってくれました。でも……扉を開けようとはしなかった」
「それはどうしてだったのじゃ?」
「扉を開ければ、中にいるのは冬の女王様だとばれてしまいます。わたし達が、わがままで女王をやめた、国民を裏切った悪い娘だと知られてしまいます」
王様は考えました。
どうして冬の女王は、他の女王の季節まで受け取ったのか。
どうして冬の女王は、扉を閉めて他の女王を庇ったのか。
王様にはわかりませんでした。
「冬の女王様はどうしてそんなことをしたんじゃ」
「冬の女王様は優しいのです。誰からも愛してもらえなかった冬の女王様は、他の誰よりも人の気持ちを大切にしてくれるのです」
それは、誰からも愛される。なんでも願いを叶えられる。そんな王様には決して理解できないことでした。
「冬の女王様は言いました。わたし達に、幸せになってほしいと」
「でも、アタシ達は間違ってた。アタシ達だけが自由になっても幸せになんてなれなかった」
「ワタシ達が幸せになるためには……逃げてばかりじゃ駄目だったんです」
王様はわかりません。小さく首を傾げました。
三人の娘を息を吸い、声を揃えて言います。
「冬の女王様に幸せになってほしい。それがわたし達の幸せです」
そして月日は流れ、厳しい冬も終わりに近づいた頃。
冬の女王様は塔の窓から外を眺めていました。
一年前のこの日。春の女王は言いました。わたしはもう、あの塔に閉じ込められたくないと。
「今ならあなた達の気持ちがもっとわかるわ。毎日同じでは、辛いだけよね」
春も夏も秋も、扉を開けることは無かった冬の女王様。
それでも国民達は、毎日食べ物を運び、歌を歌って帰ります。
初めは嬉しく思っても、毎日続けばその気持ちは薄れていきました。
「それでも私はこの塔で生きる。あなた達が幸せになれるのなら……」
その時、塔の下から大勢の足音が聞こえてきました。
賑やかなラッパや太鼓の音。歌う国民達の声。
こっそり窓から下を覗いてみると、塔の下を埋め尽くさんばかりの国民達。
そして一番前には、王冠を外した王様が立っていました。
「冬の女王様よ! 姿を見せてくれ!」
季節は冬。それは、冬の女王様が姿を見せることのできるたった一つの季節。
冬の女王様は窓を開けて、人々の前に姿を現します。
聞こえてきたのは国民達の喜びの声。冬の女王様が、冬の女王様として初めて聞く喜びの声。
「苦しさに耐えられる強き者よ。気持ちを思いやれる優しき者よ。人の幸せを願える素晴らしき者よ」
王様はゆっくりと、大きな声で冬の女王様に語り掛けます。
その後ろには三人の娘の姿。春、夏、秋の女王様であった三人の姿。
「そして、冬から春へと廻らせたそなたに、褒美を取らせよう!」
「私は……褒美のために季節を廻らせたわけではありません」
王様の言葉に、冬の女王様は首を振って断ろうとします。
それを見た王様は頷きながら笑いました。
「そのようなそなただからこそ、受け取ってほしいのじゃ。この王冠を」
「王冠を……?」
王様ともあろう人が跪いて、窓から見下ろす冬の女王様に向けて王冠を掲げました。
冬の女王様はその姿にただただおろおろとうろたえてしまいます。
そんな冬の女王様を見て、国民達は優しい微笑みを浮かべました。
「そなたに、この国の新しい王になってもらいたい。そなたに、本物の女王様になってもらいたい」
王様に続いて、国民達が跪きます。元は女王であった三人の娘達も。
「お、おもてを上げてください!」
冬の女王様は慌てて叫びます。
しかし、誰も顔を上げようとはしません。
何度言おうと、誰一人顔を上げようとはしませんでした。
「わ、わかりました。私でよろしいと、仰るのであれば……」
「受け取ってもらえるか? わしらの気持ちを……」
王様が顔を上げ、続けて三人の娘も冬の女王様を見上げました。
やがてそれは波のように広がり、国民全員が冬の女王様を見上げ、求めました。
誰からも愛されることの無かった冬の女王様。
誰からも求められることの無かった冬の女王様。
そんな冬の女王様に、初めて届けられた優しい気持ち。
「はい……喜んで」
女王様の一言に、国全体が震えるほどの大歓声が巻き起こりました。
女王様の頬に流れる、ひとしずくの涙。
それはいつか見た、春の女王様のような悲しい涙ではありません。
寒く厳しい冬の日に届けられたもの。
人々の優しく温かい気持ちが溢れ出した、嬉しい涙でした。
塔から零れた涙は大地に落ち、その国に、暖かな春をもたらしました。
冬から春へ。そして春から夏へ。夏から秋へ。また、冬へ。
季節と心が廻り廻って起こした奇跡は、その国に本物の四季をもたらしました。
女王様が塔の外に出ていても、自然に季節が廻る。四季の国へと変わったのでした。
辛く悲しい場所ではなくなった高い高い塔。その窓から国を見渡すのは、一人の美しい娘。
塔に向かって手を振る国民に、優しく微笑みながら手を振り返す女王様。
その強く優しく素晴らしい女王様は、国民に生涯愛される、幸せな日々を送りました。
冬の童話祭2017の提出作品として書かせていただきました。こちらの作品はなるべく童話を意識したつもりですが、子供向けというには少し際どい仕上がりかもしれません……。
ちなみに、他に少し暗い(怖い?)話と、ライトノベル風の話も投稿させていただきます。もしよろしければ、そちらも読んでいただけたら幸いです。と、少しだけ宣伝を添えて。