003 奴隷のはなし
――その夜
まさに井の中の蛙。知っていたなら、魔族が差別されていることを知っていたなら、俺は魔王様にあの家へ行くことを止めただろうか。いや、アンスヘルムが止めなかったんだから止めても無駄なのだろう。
魔王様が床についた後、アンスヘルムやギン、イリーナたちを家の居間に呼びさきほどあったことを事細やかに話しそして訳を聞いた。なぜ、魔族である魔王様が追い返されたのかを。
アンスヘルムは席を立ち、本棚に並ぶ一冊の本を手に取り、俺たちが囲む机に置いた。
「この本には魔族と人間、そして天使族が戦争を行っていたときのことが書かれています。」
「天使族?ここには魔族と人間の他にそいつらもいるのか?それに戦争って・・・もう100年も前だってこの前言ってたよな」
「天使族というのは、この空の上に神殿を構え、神の眼を持つとされる種族です。その神の眼に魅入られた者は、体を乗っ取られてしまうと聞いたことがあります。戦争は100年前のことでも、ヒトによっては色々遺恨は残るのです。」
100年前といっても我々にとっては最近のことのように感じますけどね、とポツリ呟く。
「さて、どこから説明したことか・・・」
ペラペラとページをめくるアンスヘルムを、イリーナがとある1ページでとめた。
「ここから話したほうがいいと思うな」
字はさっぱり何が書いてあるかわからないが、そのページの挿絵は一目見ただけでわかった。
「そうですね。ここからにしましょう。『奴隷』という扱いについてを」
奴隷ね・・・。
魔族が紐で縛られ鞭を打たれる姿、檻に入れられている様子、地面に這いつくばりそれを踏む人間。
絵は抽象的であったが、魔族がどういう境遇であったかは理解できた。
「戦時中、捉えられた魔族は捕虜になり、尋問の対象となります。しかし、拘束→監禁→開放のどこかの段階でその枠から連れ去られ奴隷という道を歩くことになるのです。扱いはひどいものです。この挿絵に書いてあるものはもちろん、人間の欲望を満たすためだけに犯され、殺された者もいました。それに、死を懇願するようなひどいこともしていたそうです。」
「と、は言っても俺たちみたいな、力の強い魔族や体のでっけぇ魔族を奴隷しちゃァ制御が効かないからなァ。魔族の子供とかァ、力の弱い者とか、エルフ族みたいな人間っぽい容姿の魔族を奴隷にして労働、京楽、慰め者にしていたァらしいぜェ。」
「その通りです。しかし100年前に戦争が終結してからも数年は、人身売買が頻繁に行われていたのです。けれども協議の結果、奴隷制度を廃止する条約を締結しました。それともう一つ」
ページをめくるアンスヘルムとそれを見つめる一同
「このページです。絵を見ればわかると思いますが、我々も多くの人間を殺してきました」
人間の屍の上に立つ魔族の絵が描かれていた。
「でも、これは戦争だから・・・」
「いえ、これは戦争が終わってからすぐことです。奴隷を開放しようと暴れたヒトリの魔族は多くの人間を殺しました。人間の王のちからによって再戦の危機は免れたものの、落とし前をつけるという意味でその魔族は殺されました。」
「だから100年経った今でも魔族への差別は根強い地域や人間がいるってわけか」
一同はうん、と首を縦に振った。
「しかし最近、嫌な噂を聞きます。」
「嫌な噂とは?」
「私知ってる。奴隷商が王都にいるらしい。しかも魔族だけでなく人間も攫うってね。そういう奴らほんと許せない。」
イリーナの眼には憤怒の色が浮かび、怯えているようにも見えた。
「俺たちがァここにいるのも・・・」
「ギン。それ以上はツカサ殿でも流石にまずいです。」
アンスヘルムはすかさず制止した。
「ここにいる理由・・・そういえば、お前たちと初めて会ったときの格好はこの家とは似つかない服をしていたな。なにか関係あるのか?」
「ツカサ殿、こればかりは魔王様に直接聞いてください。ここ一週間であなたとかなり信頼は深まったと感じます。しかし、こればかりは魔王様に箝口されていて言えないのです。ツカサ殿を信頼していないから言えないのでなく、私たちが魔王様の部下であるから誰にも言えないのです。ここで口を開いてしまえば、魔王さまへの裏切りと同義です。わかりましたか、ギン。」
「わかったよォ・・・ってなわけでごめんよォ兄貴ィ」
なるほど。ここのボロ屋いるのも、やっぱりなにか理由があるってわけね。俺も仕事上、情報は命よりも大事だと叩き込まれた身。無闇矢鱈に情報を出さないのはあたりまえのことだ。
それにしても、奴隷商人か・・・。この世界でも、そんなもんが水面下で動いてるってことか。
「俺の世界でも、奴隷制度のような人身売買は禁止されているが、裏の社会でそれが行われているのをみたことがある。」
一人、または少数でいるところを襲って攫い、そのまま眠らせ、気づいたらオークション会場なんてことはザラにある。薬漬けにされて性欲処理の道具となっている女性は、奇跡的に助かったとしても心に深い傷を負い完治するのは不可能だ。
「だがな、そういう連中は長くは続かない。奴隷商売ってのは、客商売だからな。いくら内輪で行っていてもいつかはボロがでる。この国の警備隊がどれだけ優秀かわからないが、すぐなくなるだろう。」
「そうだと、いいですけどね・・・。」
いくら表情を取り繕い、笑顔でいようとしても人間は心というものは表情に表れる。それが人外であろうともこの世界では同じだ。その含みあるアンスヘルムの微笑みは、悲哀が滲み出ていた。
「兄貴ィ、俺はなァ、人間が大嫌いだぜェ。でもなァ、兄貴と初めて会って、ピストル教えてもらって、一緒に飯作ったりなんかして。そして思い出したんだァ。純粋でェ、人間たちと遊んでいたあの頃のことをよォ。」
「私も人間は嫌いだけど、ツカサくんは好きかな?面白い話してくれるし、強いし、力持ちだし!何より美味しそうだしね・・・ジュルリ」
こうやってこの場の空気を読んで、話を盛り上げようとすることだってできる。
肌の色が違う、瞳の色、体つきや顔の形が違う、言葉が違う。もちろんそれは好みの問題もあるだろう。だが、それが他者を排除していい理由にはならないんだ。
こいつらのように話せば分かり合えるかもしれない。それなのに、分かり合おうとしないのは人間が弱いからだ。一歩踏み出して同じ目線で話せるようになれば、この世界もまた変わるかも知れないのに。
「ありがとう・・・」
3ニンは突然の御礼に顔を見合わせた。
「照れるなァ。改まってお礼なんかァいわれちゃァ」
アハハとイリーナが照れ笑いをするギンとイリーナ。アンスヘルムも表情が柔らかくなっていった気がした。
「この一週間いろいろなことがあった。山で物の怪を狩ったり、川と沼で魚釣りをしたり、とても楽しかった。俺が元いた世界、生活では得ることができなかった充足感を味わえた。改めて、一人の人間として、ありがとう、と言わせてもらう」
深々と頭を下げ、感謝を尽くした。俺はこの世界に来て変わった。
スパイという生き方は、休暇をもらえるにしても心が休まることはなかった。常に報復の対象とされ、風呂に入っている最中でも、国から呼び出しをくらい即任務に着く。こんな生活があったからこそ俺は今を精一杯楽しみたい。
「ツカサくん・・・」
「兄貴ィ」
「ツカサ殿・・・」
柄にもない事を言ってしまった。恥ずかしい。深夜のテンションって怖いなッ!アハハハ!!
「昔話はここまでにしてェ!パーっとお酒でものみましょうやァ!」
「そうですね。イリーナ、あのお酒持ってきてください。」
「わお!あのお酒だーいすき!ヤッタァ!」
真夏の夜が更けていく。
――三時間後
「ぐがー、魔王様~そこはァ肉球じゃなくて耳ですぜェ・・・グガァ~」
「むにゃ、やっぱりツカサくんの太ももおいしいむにゃむにゃ」
ギンとイリーナ、は幸せそうな顔でおつまみや酒瓶が散らかった机に、突っ伏して寝ていた。夢の内容はともかく。
アンスヘルムはというと、外の古ぼけた木製のベンチに座り、欠けた月を眺めて何かを考えていた。月明かりに照らされたその赤い背中は雄大で神秘的だった。
「あいつら幸せそうな顔して寝てるな」
声をかけると、チラっとこちらを見るもそのまま月を見て頷いた。
「そうですね。この前も言いましたが魔王様すっかり変わりました。それだけでなくイリーナやギンも」
楽しんでもらえて光栄だよ。
「それはよかった。隣座っていいか」
アンスヘルムはどうぞ、と端に寄った。
やっぱりこの月、地球で見る月よりも大きく見えた。なんでだろうな。近い位置にに月があるってことか?引力とかで生活とか変わったりしないのかあん。なんてしばらくこの世界のことについて考えていると、彼は唐突に話を切り出した。
「ツカサ殿は・・・」
何かを言いたそうに、でもいいだせずにいた。俺は無理に聞き出そうとはせず、話し始めるのを待った。
アンスヘルムはひと呼吸入れようやく言葉を紡いだ
「ツカサ殿は人間を殺したことがありますか?」
その低い声は微かに震えていた。
『人を殺したことある?』か…。懐かしいな。昔任務で同行した少女も銃を握りそんな感じに聞いてきた。でも俺はあの時は何も答えられなかった。なんて答えたらいいかわからなかったからな。
でも、今の俺ならはっきり言える。人間っていうのは支えあう人と支えられる人がいる。例え、支えられている自覚がなくても支えている人は必ずいる。世界っていうのはそういう風にできているんだ。
アンスヘルムが何を思ってなぜ俺にこの質問をしたのかはわからないが、この手の問いに対し俺は決まっていつもこう答えている。
「人を殺すということは誰かを生かすということ。人を殺して誰かが救われるならそれでいいんじゃないかな。」
任務に就いて5年。この短い期間で俺はたくさんの人間を救ってきたと自負している。我が国の民を陰ながら救ってきたんだ、と自信を持っている。そう思ってなきゃ、この仕事はやっていられないのだから。
「ふっ、質問の答えになっていませんよ。」
アンスヘルムは呆れた顔でそういった。
「察しろよ」
『俺は人を殺したことがある』なんて田舎の怖いお兄ちゃんじゃないんだから、そんなことは言わない。
俺はあえて言葉を濁したんだ。俺が救われたおかげで誰かが死ぬことだってある。大切な人のためだったら人を殺すことだってできる。それが心を持つ者の運命だと思う。
人を殺したことがあるか?この質問をする人の多くは救われたい人、『YES』と答えて欲しい人だ。
だからいつも俺はあえて答えを言わない。ここでYESと言ってしまえばその人が救われてしまうからだ。どんな意図でそれを聞いたのかはわからない、過去にどんな過ちを犯したかは知りたくもない。過ちを犯した者は、その過ちを背負いながら生きていかなければならないのだから。
「あなたという人間がようやくわかりましたよ。」
「褒め言葉として受け取っておくよ。それにこの前さんざん俺の事いいやがったくせによ。その仕返しとして質問の答えは取っておけ。」
立ち上がって軽く伸びをし、可愛い寝顔をひと目見ようと魔王様の部屋へと向かった。




