002 魔族と人間
―― 一週間後
サンサンと照らす太陽は夏の象徴。
魔王様たちと一緒に暮らすようになってから今日で一週間。
この一週間で色々なことがあったが、それは後日語らせもらうとしよう。
「働かざる者食うべからず、働かざる者生きるべからず!わかったかツカサ!」
今日の魔王さまは、麻で作られた衣服に身をまとい、長い髪は後ろで結われ、麦わらぼうしをかぶっていた。
魔王さまが何故突飛にこのようなことを口走ったかというと、彼女は今農作業に勤しんでいる。俺もその手伝いをしているというわけだ。
ボロい家の割に田舎だからなのか土地はなかなか広い。その家の庭に趣味で菜園を築いており、たくさんの種類の野菜が育てられていた。
トマトのようなトマの実、キュウリのようなキューの実、トウモロコシのようなコーの実。他にもたくさんある。名前こそ違うが、色や形はそのままでトマト等は生でもおいしく食べられる。
ギンとイリーナも午前中は手伝いをしていたが、午後から街へ用事があると言って出て行ってしまった。
「見ろ!ツカサ!このトマの実の光沢をッ!」
魔王様のスラリと伸びる白い足、夏の暑さよりも情熱的な真っ赤な瞳。額を伝い頬を走るその汗。それらは魔王様を真夏の妖精へと変貌させた。ニッコリと得意げに笑うその笑顔には、八重歯がオレを見ろコッチヲミロと言いたげに自己主張をしており、そのきれいに並んだ歯は幼さを感じさせるも少年心をくすぐるような魅力も感じさせた。魔王様は今最高に輝いている。
「確かに綺麗な色をしていますね。美味しいと思いますよ。」
当然じゃ、と満足そうにトマの実を両手でカゴまで運ぶその姿は無邪気の化身だった。俺は全般的に補助で、クワやバケツなど荷物運びを手伝っている。
魔法がある世界なんだから魔法で散水や種まき、そして野菜をもぎ取ればいいのにって思った事もあったが魔王様曰く「こうやって自分で摂るのが楽しいのだ。何事も手で触れて見なければわからないこともあるのだぞ。」とおっしゃった。
我が国では機械化が進み、効率的な生産が進む一方で魔王様のように楽しんで菜園を築いている方がいるなんてっ!なんでも効率的効率的って自分の心が汚れている証拠だ!(※これは農業に携わったことのないツカサの個人的な意見です)
俺は使わなくなった農具を納屋にしまっていると、アンスヘルムが話しかけてきた。
「魔王様の楽しそうな顔久しぶりに見ました」
「よかったな」
アンスヘルムはあーやっていつも家の壁に寄りかかり、魔王様のお守りをしている。
いくら田舎だからといって危険がないとは言えない。だからこうやって見張っているのだと言ってい
る。だが、彼はたぶん俺を見張っているのだろう。気にしていないが。
「おーいツカサ!このキューの実どうだ?美味しそうではないか?」
って可愛いな!おい!
抱えるようにたくさんのキューの実を持っている魔王様。そのキューの実が美味しくないわけがない。なんたってこの魔王様が直々に採取したものなのだから。例え美味しくなくても美味しいにきまっている。キューの実になりたかった。
「魔王様、摂り過ぎでは?今日はここらへんにしておきましょう。明日の分がなくなってしまいます。」
魔王さまは野菜をもぎ取るのが好きなのだ。さっきからたくさんもいでいる。
「それもそうだな。うん。では、近隣の住民におすそわけをしてあげようではないか!」
野菜をもぎ取るのがそんなに楽しかったのか、終わりを告げると一瞬シュンとしとして、抱えていたキューの実をカゴにバラバラと落とすようにして入れた。
そして、取りすぎた野菜は無駄にせずしっかり近所におすそ分け!近所の人羨ましい限りだ。「たのもう!実は今日採った野菜が余ったのでな!おすそ分けに来たのだ!」なんて言われて喜ばないわけがない。
「どうしたのですか、ツカサ殿。真顔になって。」
はっ、イカンイカン。考え事をすると無意識に真顔になってしまう。考えも読まれづらいしこの癖は重宝しているのだが、こういう何気ない日常でこれをやってしまうと変態チックになってしまうので、あまり出ないようにしないと。
「いや、なんでもない。少し考え事をしていただけだ。」
「そうですか、それにしても困りましたねぇ・・・。」
「何がだ?」
「いや、こっちの話ですよ。魔王様は何を言っても聞かないんですから」
こっちに向かって手を振る魔王様。
それ見て手を振り返すアンスヘルムの目は優しく、そして悲しかった。
そしてその理由を知るのはそのすぐ後だった。
――道中
アンスヘルムはついて来なかったが俺は魔王様についていくことにした。なんだか表情が硬いが小さなザルに野菜を乗せて一生懸命運ぶ姿は可愛らしい。近所といってもここは片田舎なため結構距離がある。道程、重そうだったので半分運んであげることにした。
分かれ道を右へ曲がると家が並ぶ集落が見えてきた。木造の家ばかりだが魔王様の家とは比べ物にならないほど綺麗な作りが並んでいた。魔王様の家はやはりこの世界でも低い水準の家だったらしい。
その集落は意外にも活気を見せており、家の前で村人たちが談笑する姿や花に水をやる姿などが見られた。
魔王様はある一軒の木造二階建ての家の前で止まった。しかしこの家、妙だな。畑があるが手入れが全くされていない。実はしっかり育っているのに採取された形跡がなく雑草が蔓延っている。郵便受けにも書類が溜まっている。
魔王様は落ち着かせるように一旦深く深呼吸をしトントンと家の扉をノックした。
「こんにちは!」
トントンと家の扉をたたく魔王様。俺はキューの実がかごからこぼれそうになっている様子を心配そうに見ていた。がんばれキューの実落ちるな。
しばらくすると静かに少しだけ扉が開いた。
「こんにちは!家の畑で野菜が多く取れてしまったので、おすそ分けに来ました!」
魔王様のとびっきりの挨拶に俺は心を奪われてしまった。何故こうも健気な挨拶ができるんだ。もし俺がここの住人だったら「野菜をありがとうねお嬢ちゃん。この野菜を食べられてうれしいよ」と言うことは間違いなかった。
ぎこちない挨拶の後、少しだけ開いた扉から覗いた老婦人は、魔王様だと認識した途端に血相を変えて大声で叫んだ。
「なんだい、またアンタかい!!魔族から施しを受けるほどウチは困窮していいないんでね。さっさとおかえり!!」
その老婦人はバツが悪そうに悲しげな表情をすると、バンっと強く叩きつけるように扉を閉めた。
俺はこのことを理解するまで少し時間を要したが、先ほどのアンスヘルムの表情、そして魔王様のぎこちなさというか緊張感で合点がいった。
魔王様はえへへ、と強情に笑ってみせるが、その表情は悲しさで満ち溢れている。
「前にもアンとここの家に来たんだけどね。今みたいに追いかいされちゃったのだ。野菜、置いていこうか」
魔族と人間は共生していると言ったが問題もあると言っていた。その問題ってまさかこのことか。そういえば今週一週間、アンスヘルムやイリーナの様子もおかしかった気がする。そうか、俺が人間だからどこか余所余所しかったんだ。
それなのに魔王様は俺に手を差し伸べ一緒に暮らそうって言ってくれた。他の奴らは嫌だったはずなのに。自己中心的なその優しさは魔王様自身を苦しめて、追い詰めているんじゃないか。
愚直なんだよ、魔王様の優しさは。もっと自分を大切にすることを覚えてほしい。もっと打算的な優しさを覚えてほしい。もちろん俺はそんなこと魔王様に言える器量も信頼関係もまだ築いていなかった。
魔王様はゆっくりと、名残惜しそうに、その野菜を玄関先に置いた。俺も持っていた野菜をそこに置き、ふたりは踵を返し家路に着いた。




