001-07 龍族の男
「ツカサ殿、貴方は私を怒らせたいのですか」
俺は川へ上がりギンの服に着替えた後、魔王様が命からがら手に入れたワイシャツと下着、スラックスの水分を絞っている。
「滅相もない。俺はあの場でできる限り最善の策を執っていたと自負している。俺がアンスヘルムに怒りをぶつけられる所以はないな」
「ほう、ツカサ。では私がツカサに対して怒る理由はないかの…?」
「…」
濡れた髪の毛は魔王様をより一方妖艶に見せているが、その魔王様自身は心底不満そうだ。濡れた髪を魔法の炎で乾かしながらこちらを睨んでいる。
だが、こんな窮地に立たされていても数々の経験を積んできた俺にとっては日常の断片でしかない。パリ、ドバイ、ロンドン、西ドイツ、イスタンブール、カイロ、シドニー、上海、ウラジオストク、テキサス、リオデジャネイロ、そして東京等、世界各国、津々浦々今までに沢山の女性を怒らせてきた。もちろん潜入捜査のためだ、本当に。
女性というのは相手が信頼に足りると判断したらペラペラと何でも話してくれる。だから手っ取り早く情報を得るためには相手を失望させ、相手が命の危機に立たされる状況を意図的に作り上げる。もしそこで俺が登場すれば、大抵の女性は皆俺に信頼を寄せるということだ。魔法の言葉は「Trust me」。(ツカサの持論です)
そう、つまり何が言いたいかというと偶然とはいえ今の状況はそれと全く同じだ。相手を怒らせた後にその女性の命を救っている。これは魔王様に気に入られるチャンスなのかもしれない。まて、俺は一体何を言っているんだ。
「魔王様、俺は魔王様があそこの陰で見ているのに気付いていました。」
「気づいておったのか?!」
本当は気づいていないのは言うまでもない。魔王様に嘘を付くのは心苦しいいがやむを得ない。
「だから俺はあえて酷いことを言ったのです。」
魔王様ともにアンスヘルムも「は?」という顔をしている。当然だ。今俺が発言していたことそして俺が今からいうことは俺自身も訳が分からないのだから
「いいですか。魔王様、貴方がしていたのは『覗き』です。魔王様たちの世界では『覗き』というのがどれほどの罪に当たるのかわかりませんが、俺たちの国で極刑に近いものでした。」
ごくりと喉を鳴らす魔王様。もちろん『覗き』でそこまでの刑罰はない。
「だから俺はあえて、あ・え・て。魔王様を遠ざけるために酷いことを言ったのです。俺は、魔王様に罪を背負ってほしくない。俺が尊敬する魔王様が俺らの国でいう変質者になってほしくない。そういう思いで言ったのです。」
ふぅ、我ながら支離滅裂の意味わからない理論だ。もちろん魔王様は納得するはずが…
「なるほど…そういうことだったというのか…」
嘘だろ…。魔王様はなぜか信用してしまっている。
「つまりこういうことであろう。ツカサはこの国で『覗き』という行為はかなりの重罰だと思っていた。だから私を犯罪者にしたくない。そういう思いであえて酷い言葉をかけて引き返させようとしてくれたのだな…」
「えっ、えぇ!そうです魔王様!」
「ま、魔王様!?ツ、ツカサ殿も適当なことを…」
「適当じゃない!俺は本気だ!魔王様が誤った道を征かないようにとあえてきつい言葉を投げかけたんだ。」
「ツカサ、すまないの。さっきは怒ってしまって…。」
「いいんですよ、魔王様。俺は魔王様のために川に投げ飛ばされたり、一昨日の物の怪から体を張って守って見せたのですから」
「ふふ、ツカサは人間なのに優しいし強いの!」
人間なのに優しい…。俺はその発言に引っかかりながらも、魔王様の表情の変化に気が付いた。
笑顔から段々と般若のような形相に代わることに…。
「で、ツカサ。なぜお私は二度もお主の…ち、恥部をみなけりゃならんのだ!!!」
恥部という単語に恥じらいを示し川のほうへそっぽを向いてしまった魔王様はまだまだお子様だな。なんて悠長に思っていたのだが、アンスヘルムの様子が何やらおかしい。
「に、二度?二度とは何ですか、ツカサ殿」
俺は魔王様の羞恥顔を慈しんでいる思考から、この場をどう乗り切るかという考えに瞬時に切り替えた。
「え、いや。その…」
俺は上司に怒られる新入社員のように委縮してしまっている。どうやら取引先トの間に不良債権を抱えてしまったみたいだ。新入社員の俺にはその不良債権を回収する手立てがない。そしてどうやら破産更生法を適用してしまった。弁護士からの連絡を待つほかない。それにこうなったのは俺のせいではない。アンスヘルムが俺に仕事を投げたからこうなったのだ。俺は悪くないと自分を擁護した。
「あとでお話があるので水浴びが終わったら私の部屋に来てください。」
「はい」
どうやらまだ猶予があるらしい。まあそうだ魔王様という社長の前で専務のアンスヘルムが俺の首を飛ばすわけにはいかないのだから(物理的に)。
そういってアンスヘルムは家の方の茂みに戻っていった。
魔王様は依然と川の方に目を向けている。
「あ、あの魔王様…すみません。変なものを見せてしまい…」
「もういいのだ。気にするな。」
魔王様は本当に気にしていない様子だった。
「それよりツカサ。お主先ほど私が見ているのに気付いているといったがあれは本当なのか?」
「さぁ、どちらでしょう」
俺は魔王様にこれ以上嘘は付きたくなかったし、本当は気づいていないといえばまたさっきの会話へ逆戻りだ。
「はぁ…。お主は一体どちら側なのだ…」
ここから魔王魔の表情は伺えなかったが、何となく悲しい顔をしている、そんな気がした。
「どっち側と言いますと?」
「いや、なんでもない。」
右か左か。そういう話ではないことはわかる。だが、魔王様の考えは今の俺には分からないみたいだ。
「それよりツカサ!」
魔王様は笑顔で振り向いた。すると俺の脇を通り抜けるように森のほうまで走って行きこちらを向いて叫んだ。
「お主も意外と小さいの!」
おのれ魔王。なんだかんだ言ってしっかりみてるじゃないか。
そんな魔王様の子供っぽいような、大人っぽいような余裕な態度にムカムカしながら俺も洗濯物を手にもってボロ屋のほうへと足を進めた。実際は見られたことを後悔している。
そういえば、俺はアンスヘルムの部屋に行くことを約束してしまった。行きたくないけど行かなくちゃならない。後が怖いから。
本当に新人の頃を思い出す。俺が民間人誤射った時とか借りていたフックショットベルトだめにしちゃった時とか…。大臣にもQにも怒られたっけな。ははは。
――そして俺は今アンスヘルムの部屋の前にいる。魔王様は隣の部屋で濡れた服を交換しているのだろう。アンスヘルムの部屋と間違って入ることは可能ではないかこれは。
だがこれ以上魔王様の好感度下げるといよいよ追い出されてしまう気がするから邪念は捨てることにして潔くアンスヘルムの部屋の扉を叩いた。
どうぞ、という声がしたから部屋を開けると、俺の部屋と同じような造りだが俺の部屋より家具がおいてある。そりゃそうか。前から住んでるんだからな
「ここに座ってください」
そういって俺は椅子に座らされた。
「何で呼んだかわかりますか」
「俺が魔王様に恥ずかしい思いをさせたから」
「確かにそれもありますが、それはまあ魔王様とツカサ殿自身の問題ですので私はあまり干渉しないようにきめました。」
「そうか。んじゃ、なんでここに呼んだっていうんだ」
「貴方は魔王様とどういう関係でありたいのですか?」
いきなりアンスヘルムから告げられた関係性の行方の在り方。この質問の答えは用意しているつもりだった。『魔王様のためになりたい』。でも本当にそれだけか。俺がこの前魔王様に気付かされたことが動機だが、『魔王様のためになりたい』と思っているのはこいつらだって同じのはずだ。最近来た俺がこんなことを言っていいのか。かえって怪しまれたりしないのか。
思い浮かばなかった。『魔王様のためになりたい』という答え以外。本当にそれしかなかったのだから。
「俺は…」
ふとおもった。そういえば俺はいつもあの人からのめんどくさい絡みを嫌がって避けていた。いつ死ぬかわからない世界だったというのに何となくめんどくさくて、それがいやだった。俺はそれだけを後悔していた。もっと近くにいてもっと話しておけばよかったと。答えは決まった。俺は魔王様の…。
「今は魔王様のそばにいれるだけでいい。」
「何故ですか?」
「俺はお前たちに言えない過去を背負っている。アンスヘルムは気づいていただろうが俺はこの前の自己紹介の時にところどころ内容をハブった。それは他人に言えるような綺麗なことじゃないからだ。」
アンスヘルムは腕を組みそのまま聞いてくれている。
「おかしいと思っただろ、人間なのに異常に体が丈夫な俺のことが。俺はその他人に言えないことのせいでここに来る前はかなり疲弊していたんだ。もう死にたいと思うくらい。だけど、魔王様は俺に優しくしてくれた。それは今まで俺を優しくしてくれた人が俺にしてくれたことに似ていたんだ。あの時俺を見る魔王様の目はその人の目にそっくりだった。でもその人は死んでしまった。もっと近くにいてもっと話しておけばよかったとあと後すごい後悔した。だから俺はそうならないために魔王様のそばにいたい。小さい力ながら役に立ちたい。そう思ったまでだ。」
本当に救われたんだ。今後この気持ちが変わることは決してない。多分。
これ告白みたいだな。魔王様に聞かれていたら恥ずかしくて死んでしまうかもしれない。
「そうですか。私はツカサ殿に対してあまりいい風に思っていませんでした。何故かは言えませんが。それでもあなたに感謝しています。」
「それは俺が魔王様を助けたりしているからか?」
「いえ、それもそうですが魔王様はあなたが来てから表情が豊かになったような気がします。今までは彼女の背負っているものの大きさからか常に表情が硬かったのです。」
初めて見たときは少女らしい表情を垣間見せていたが、それは俺があのピストルや俺の世界の話をしたからだったみたいだ。
魔王様も俺と同じ、それ以上に何かしらの重圧に耐えてきたんだ。俺もその支えになりたい。
「しかし私はツカサ殿が魔王様の命を救おうとご機嫌にさせようと、正直言ってツカサ殿を信じ切れていません。それは私が魔王様と一番長くいて一番近くにいたからです。つい先日やってきた人間の男を信じ切れというほうが難しいのです。」
「それでいい。」
「え?」
「アンスヘルム。お前のその疑いは正しい。俺みたいなどこの馬の骨かもわからない奴を簡単に信じているようじゃ側近失格だ。俺がもし魔王様を誘拐する目的で近づいていたらどうする。」
アンスヘルムの表情が一瞬曇った。
「そう、その表情だ。俺の事はずっと疑っていていい。むしろ疑い続けていてくれ。それがお前が俺に対する信頼の証になる。元より捨てた命。俺は魔王様のために命だって投げ捨てることも辞さない。」
「気持ち悪いですね。やっぱりツカサ殿はロリコンの変態色欲魔の無理性お化けです。」
「そこまで言う!?今いいシーンだったよね!?」
ロリコンとかそういう単語をこの世界で聞くことになるとは思わなかった。
「あたりまえじゃないですか。出会って二日目で年端のいかない少女に泣かされ、そして挙句の果て救われたから今度は俺が救う?なんですかこの筋書きは。B級の舞台演劇でもこんなシナリオ書きませんよ。どんだけ気持ち悪いんですかあなたは。」
アンスヘルムは性犯罪者を見るような目で俺を罵り身を震わせた。
泣いたことについては触れないでほしい。俺はあの後かなり自責の念に駆られた。
「なので私はあなたを信頼しないことにします。だから魔王様を護ってあげてください。よろしくおねがいします。」
信頼しないけど護れ、ね。言葉遊びとしては5級レベルだ。だがしっくりくる。
それに頼まれるほどの事でもない。俺の中ではもうとっくに決められていた事なのだから。




