001-01 魔族の少女
ツカサと魔族の出会いの1週間の話を書きます
昨日の晩から今朝まで、事の顛末を整理していたせいでほとんど眠れなかった。
どうやって俺がこの世界にやってきたのか。
落下した際に見たイメージはなんだったのか。
俺がいなくなったことでも説いた世界はどうなっているのか。
気になることはそれ以外にもたくさんあったが今はそれどころではない。
これからのことを考えなくてはならないのだから。
アンスヘルム達は、始めはとても警戒していた。俺はこの世界の住人でないということを伝えると、そんなアホなという顔で軽く馬鹿にしてきたが、もといた世界のこと、持っている腕時計の仕組み、ピストルについて事細やかに説明したことによって、信じてくれたかどうかはさておき警戒を一段階落としてくれたみたいだ。
そして、俺はこれからどうすればいいのか、ここらへんに俺みたいな浮浪者を救ってくれる場所はあるのか少女らに聞いた。
少女は、ここからしばらく歩いた場所に大きな街があると言っていた。とりあえず今日一日は面倒見てあげるから、気持ちを整理したら言ってくれと見ず知らずの俺に手を差し伸べたのだ。こんな温情を受けたのは久しぶりで少し嬉しかった。
アンスヘルムたちは酷く反対していた。そりゃそうだ。素性もしれない変な男が異世界から来たんだとわけのわからないことで騒いでいたら、誰だって一緒にいたいと思わない。
しかし魔王は「最近ここらへんでは物の怪がでる。人間一人で夜歩かせるなど危険じゃ」と言って説得をしてそのときは一晩だけ泊めてくれると言った。
俺は実際に感謝している。この少女は見ず知らずの俺に優しくしてくれるのだから。
借りているベッドに腰掛けながら、一人考え事をしていると。トントンと部屋の扉が叩かれた。
「どうぞ」と返事をすると、魔王と呼ばれる少女に、龍族のアンスヘルムが同行する形で俺の部屋を訪れた。
「昨晩は良く眠れたかの?」
ははっ、俺の脳内は未だパニック状態だ。落ち着いて寝られるわけがない。
「えぇ、まぁ・・・。」と一応気遣いをしておいた。
「ところで、ツカサと言ったかの?」
「はい、そうですが・・・」
「お主はこれからどうしたいと考えておるのじゃ?」
正直わからない。俺は一体これからどうすればいいのか皆目見当がつかないし、どうやってここで暮らしていけばいいかわからない。
組織のおかげでサバイバルの知識はあるがそれは地球での話、ここでその知識が役に立つとは限らないのだから。
「えっと・・・わかりません。でも昨日言っていた通り街に行ってみようかなと・・・」
「そうかの。実は私達4人で話し合ったのじゃが…――」
――“お主、しばらくここで生活しないかの?”
俺は少女の発言が理解できなかった。
「えっと…どういうこと…」
「話し合ったというより、魔王様が皆の意見を押しのけ独断で決めたのですがね。」
は?いやいや…え?
それは流石に俺が怪しむ。見ず知らずの人間を家でしばらく預かる?そちらに一体何のメリットがあるって言うんだ?まさか、とって食おうってんじゃあるまいよな?
「久しぶりの人肉だ…どうせ浮浪者なんだ。食っても構いやしない」なんてこのドラゴンたちが話し合っている姿なんて容易に想像できるのだから。
「なんで、ですかね?」
理由を聞くと、なんとも馬鹿げた、いやあまりにも愚直で阿呆で愚鈍な思考の持ち主だった。
「理由は簡単じゃ。私は困っている人がいたら助けるという信念の元動いておる!お主は見たところめちゃくちゃ困っているみたいだしの!助けるのに理由なぞない!」
なんだこの幼女は?頭のネジが5本くらい飛んでるのか?
見ず知らずの人間と少しの間一緒に生活する?危機管理が粗雑なのかこの世界は?
「あの、魔王…様?お気使いなら結構です。それに…」
アンスヘルムはあまりいい顔をしていなかった。当然の反応だ。これが普通の反応。
「一人で生きていけますので」
「人間一人で生きていけるものか。お主の顔を見れば疲れていることが分かる。」
俺が疲れているのは、昨日一睡もしていなかったからだ。わけのわからない世界へ飛ばされてきたんだから疲れないはずがないだろ。疲れるなというほうが無理だ。
「疲れてなんていませんよ。」
強がりでも何でもない。疲れてはいるが寝れば回復する。それだけだ。
1日でもいいからここで休ませてもらえればそれでいい。昨日はそういう話だったはずだ。何から何まで面倒を見てもらうわけにはいかない。
「ツカサよ、何故強がるのだ?」
「強がってなんかいないですから。心配しなくて結構です。」
その少女の目は俺を哀れんでいるような目をしていた。まるでホームレスを見るような「かわいそうだね」と言わんばかりの目。ふざけるな。俺はそこまで落ちていない。例えホームレスになろうと、他人に頼らず生きていくことなどできる。だからそんな目で見ないでくれ。
「心配するなは心配してやらなければいけない人間のセリフだ。私はそれがたまらなく辛いのだ」
手を差し伸べるな。俺は俺の頬に触れようとした手を払いのけた。
「やめてください。本当に…大丈夫なのですから…」
「人間。魔王様はお前の体を思って言っているんだ。少しは…」
アンスヘルムは寄りかかってきた壁から離れて静かに怒りをあらわにしていた。
「アン、いいんだ。お主、今までどういう生活をしてきたらそんな性格になるのだ。」
「あなたには関係ないです。」
今その少女の顔を見れなかった。どういう顔をして俺に話しかけているのか怖い。今まで他人の顔いろをうかがって生活してきた人生だったのに顔を見れないとなるとここまで無能になるなんて自分でも思いもしなかった。
「わかった。この際お主の生き方の話はよそう。でも少しの間、お主がこの世界で生き方を見つけられるまでは一緒に暮さないか。」
俺は恐る恐るうつむいていた顔を上げ、少女の整った顔をみた。よくよく見るとその俺を見る赤い瞳はどこかで見たことがあるような優しい目をしていた。だが、どこでみたかそれはまだ思い出せない。
「魔王…様…。何故そこまで見ず知らずの俺に優しくしてくれるのですか。俺はそこまで出来た人間じゃあないです。恩なんて返せるかもわかりません。」
少女は笑った。純真無垢な笑顔で。
「ふふっ、お主。そんなことを気にしておったのか?いいかよく聞けツカサ。確かに人間や魔族の中には見返りほしさに優しさの仮面を被る者もおるだろう。かく言う私もその一人だ。だがの私の場合はすぐに見返りが欲しいというわけではない。いずれ、いつか、いつでも、どのタイミングでもいい見返り望んでおるのだ。だからツカサはそういう恩返しとか堅苦しい事は気にするな。」
人間というのは見返りを求める生き物だ。何かしらの対価のために動く経済的な動物だ。「いずれ、いつか、いつでも?」笑わせるな。今すぐにでも対価が欲しいくせにお前こそ強がるな。俺はこういう優しさの偽善が嫌いだ。俺は今までに数々の人間を救ってきたがそれは仕事だからだ。対価をもらっていたからだ。無償の優しさなど存在するはずがないんだ。なのに何を言っているんだこのつるぺたチビ幼女は。
「ツカサ殿、魔王様は今までに数々の善行を行ってきましたが見返りなど求めたことはないです。ただ単にそこに困っている人がいたから手を差し伸べる。転んでいる人がいたら起こすのを手伝うだけでなく傷口も消毒する。そこまでやってしまう天性のおひとよしなのです。こうは言っていますが全く見返りなんて望んでいません。」
「そ、そんなことない!情けは人のためならず、因果応報、私はいつか来る恩返しを楽しみに待っているのだ!それが直接的でなくてもの!例えば…うーん。白馬の王子様が迎えに来てくれるとかの」
「ふざけるな…。何が『見返りはいらない』だ。俺のいた世界にそんな人間はいなかった!」
本当にいなかったか…俺の世界にそういう人間はいなかったのか?
「それはツカサ殿、あなたが知らないだけだ。どこの世界にも馬鹿正直、愚直な優しさの持ち主はいるはずだ。あなたが世間に目を向けようとしなかっただけの怠慢だ。」
そんなわけ…そんなわけあるか…だったらなぜ俺は今まで一人で生きてきたんだ。何故誰も…。
「みんなみんな生きるのに必死で親でさえ俺を見捨てて、俺を拾った人間でさえっ…!」
拾った人間…。そうだ、思い出した。俺は一人じゃなかった時期があった。任務も一緒にこなしパートナーと呼べるかけがえのない仲間がいて、任務が終わった後に一緒に反省会をやったりもした。一緒に大臣に直接頭を下げに行ったこともあった。
「ツカサ…私は…お主の…」
目の色は違えど俺を両親から救ってくれた時のその人の目がこの少女に似てるんだ。
この少女は俺を哀れんでいるんじゃない、助けたいんだ。この俺を。俺みたいな捻くれ者でさえ救ってやりたいんだ。
俺はその思い出のせいで感情が抑えられなくなった。
「拾った人間でさえ俺を置いて先に逝っちまってっ!残された俺のことなんて考えずにっ!なんであそこで死んだのが俺じゃなくてあの人だったんだよ。俺がっ…俺がッ…!!」
いつの間に続きを口に出していた。何故ここで俺の恩師のことを口走ったのかは分からない。この少女がその人と重なったからなのか俺は無様にも涙をこぼしていた。
「あ、あれ…な、なんでだ…ハハ」
わからない。涙なんて他人のしか見たことがなかったのに。分からないけど涙が溢れてくる。
馬鹿みたいだ。今まで自分は一人で生きているとばかり思っていた。それは違う。俺は知らず知らずのうちに支えられて生きてきたんだ。組織の人間だって淡白だが俺の任務が成功するために最善を尽くしてくれていたし、いつも食べていた定食屋のおばちゃんだって客が喜ぶ料理を作ってくれていた。俺のためではないけど間接的にも俺はこの人たちに支えられて生きてきたんだ。馬鹿だな、独りでよがって今まで一人で生きてきたと勘違いしていた。
少女と竜族の男は黙って俺の無様な泣き顔を見ていた。。
「何か言ってくださいよ魔王様…。俺が一人で泣いて馬鹿みたいじゃないですか」
「お主の気持ちなんて考えもしなかった。一緒に住むことを強要してしまって申し訳ない。」
いや、いいんだ。俺が間違っていた。
「いや、魔王様。決心がつきました。あなたのその優しさ。受け入れます。」
他人の優しさは素直に受け入れ、それに対して精いっぱいの感謝をする。それってとっても人間らしい事だと俺は思う。
俺はベッドから立ち上がり、涙をぬぐい頭を下げた。
「魔王様、いつになるかわかりませんがこの恩を返すためにここに住まわせてください。」
俺はこの少女、魔王様の優しさを無下にすることはできない。
魔王様はパァっと明るい顔になると喜んで握手を求めてきた。
「ふふっ、恩を返すために住むってそれじゃ順序が逆ではないか。これからもよろしく頼むぞツカサ!」
その手は小さくて暖かくて、柔らかかった。
泣くことすら許されなかったあの世界はもうない。ここは別の世界。俺の人生だ好きに生きたっていいじゃないか。
でも、俺はもう二度と泣かない。俺を救ってくれた魔王様の笑顔のために。そう、あの人が教えてくれたように笑顔でいよう。そう決めた。それがまず一つ目の恩返しだ。返しきれないほどのことを気づかされたのだから。
傍から見ていたアンスヘルムはそんな俺を見て、彼だけ部屋から立ち去った。
そのあと俺は先程の非礼を詫び、改めて自己紹介をしこの世界のことについて色々教えてもらった。




